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「浮気とは…あいつ、ゆるっせんっ!」
早坂千夏は手に持っていたビール缶を握りつぶした。
泣きべそをかいていたあかりだったが、慌ててなだめにかかる。
「ちぃちゃん、落ち着いて、ね」
さりげなくテーブルの上を片付けたりして。
何か壊されそうという殺気を感じ取っての行動だ。
あかりのマンションはキッチンが立派な造りのワンルーム。
二人はそこで酒盛りをしていた。
といっても、飲んでいるのは千夏だけ。
あかりはもっぱら酒のつまみを作る専門だった。
祖母が送ってくれた特別大きくて柔らかいアスパラガスを使って。
ベーコン巻きやエビのサラダなど工夫を凝らした料理を並べる。
千夏は怒りがおさまらず、文句を言い続ける。
「しかも相手はあのカンセー堂の社長令嬢って?!…ってことはだよ?…そいつはその…あかりの…」
言いたいことがわかり、あかりは先回りした。
「うん、半分血がつながった妹に隼人くんをとられたってこと」
カンセー堂製菓社長の清原紘一は、恐らくあかりの父親。
故にその娘である清原麗華とは異母姉妹の間柄。
麗華はあかりが姉だとは知る由もない。
肝心の父親でさえ知らないはず。
父とあかりの関係を知っているのは、あかりと死んだ母。
あとは相談に乗ってもらっている千夏くらいのものだ。
義理の妹にカレシを奪われるなんて。
血がつながってると好みが似ちゃうのかしら。
***
あかりは長らく北海道で母と暮らしていた。
親子二人でも寂しさとは無縁の生活。
すぐ近くに祖父母や母の姉夫婦たちが営む広大な牧場があった。
家族同然に温かく支え合い、農作業や牧場の手伝いは楽しい思い出。
それでも父親については謎だった。
生まれる前に亡くなったと聞かされていて、思い出話も一切なかった。
母を語らせたのは思わぬ不幸のせい。
あかりが就職活動を始めようとする頃、母が心臓発作に見舞われた。
医師はあかりに、母の命があとわずかだと宣告。
あかりは隠し通したが、母は死期を感じ取っていた。
亡くなる直前、秘密にしていた真実を告白したのだ。
父は生きており、東京の誰もが知る大会社の社長をしているのだと。
死を目前にして、あかりに伝えるべきだと思ったのだろう。
母は「内緒にしていてゴメンね」と、ひたすら謝っていた。
社長に迷惑を掛けたくなくて誰にも言わなかったのだと。
「あなたはれっきとした娘。何か困ったときは父親を頼りなさい」
そう言い残して母はこの世を去った。
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