第1章 ソルティな出会いクラッシュナッツ

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「浮気とは…あいつ、ゆるっせんっ!」 早坂千夏は手に持っていたビール缶を握りつぶした。 泣きべそをかいていたあかりだったが、慌ててなだめにかかる。 「ちぃちゃん、落ち着いて、ね」 さりげなくテーブルの上を片付けたりして。 何か壊されそうという殺気を感じ取っての行動だ。 あかりのマンションはキッチンが立派な造りのワンルーム。 二人はそこで酒盛りをしていた。 といっても、飲んでいるのは千夏だけ。 あかりはもっぱら酒のつまみを作る専門だった。 祖母が送ってくれた特別大きくて柔らかいアスパラガスを使って。 ベーコン巻きやエビのサラダなど工夫を凝らした料理を並べる。 千夏は怒りがおさまらず、文句を言い続ける。 「しかも相手はあのカンセー堂の社長令嬢って?!…ってことはだよ?…そいつはその…あかりの…」 言いたいことがわかり、あかりは先回りした。 「うん、半分血がつながった妹に隼人くんをとられたってこと」 カンセー堂製菓社長の清原紘一は、恐らくあかりの父親。 故にその娘である清原麗華とは異母姉妹の間柄。 麗華はあかりが姉だとは知る由もない。 肝心の父親でさえ知らないはず。 父とあかりの関係を知っているのは、あかりと死んだ母。 あとは相談に乗ってもらっている千夏くらいのものだ。 義理の妹にカレシを奪われるなんて。 血がつながってると好みが似ちゃうのかしら。 *** あかりは長らく北海道で母と暮らしていた。 親子二人でも寂しさとは無縁の生活。 すぐ近くに祖父母や母の姉夫婦たちが営む広大な牧場があった。 家族同然に温かく支え合い、農作業や牧場の手伝いは楽しい思い出。 それでも父親については謎だった。 生まれる前に亡くなったと聞かされていて、思い出話も一切なかった。 母を語らせたのは思わぬ不幸のせい。 あかりが就職活動を始めようとする頃、母が心臓発作に見舞われた。 医師はあかりに、母の命があとわずかだと宣告。 あかりは隠し通したが、母は死期を感じ取っていた。 亡くなる直前、秘密にしていた真実を告白したのだ。 父は生きており、東京の誰もが知る大会社の社長をしているのだと。 死を目前にして、あかりに伝えるべきだと思ったのだろう。 母は「内緒にしていてゴメンね」と、ひたすら謝っていた。 社長に迷惑を掛けたくなくて誰にも言わなかったのだと。 「あなたはれっきとした娘。何か困ったときは父親を頼りなさい」 そう言い残して母はこの世を去った。
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