26人が本棚に入れています
本棚に追加
「まぁしっかし、川嶋も見損なったわ。あたしがその場にいたらボコボコにしてやったよ」
千夏の怒りはおさまらず、矛先を隼人に向けた。
ちぃちゃんならやりかねないかも。
実際千夏は以前、二股をかけられて相手の男を殴ったことがあるからだ。
あかりと隼人が付き合い始めた頃も。
乱暴な口の利き方で隼人をビビらせていたっけ。
「あかりのことをよろしく頼むよ」なんて背中を叩いたりして。
その時の隼人は信州なまりが抜けない純朴な田舎者の青年だった。
目鼻立ちがキリっとした短髪で肌があざ黒いスポーツマンタイプ。
あの頃は浮気をする人とは微塵にも思わなかったな。
突然何か思いついたのか、千夏はスクッと立ち上がった。
「もう言うしかないよ、社長に」
なんでここで社長?
酔うと突拍子もないことを言い出すんだから。
「社長にあなたの娘だって言ってやるのよっ」
それを聞いてギョッとした。
「ちょっと、ちぃちゃん?」
「何の苦労もしていないお嬢さんの麗華ってやつに、あかりの存在を知らせてやらないと悔しいじゃない」
「やだなぁ、今さら名乗ったとしても遺産目当てだとか言われて、会社を追い出されるのが関の山。会社に居づらくなりたくないし」
慌てて否定すると、千夏は怒り出した。
「もうっ! カンセー堂に入社したのは父親に会うためじゃないの? せっかく近いところにいて名乗らないつもり?」
確かに、この会社の面接を受けたのは―。
父がどんな人なのか気になったのがきっかけだったけど。
「…でも調べるうちにカンセー堂のお菓子が素晴らしいって思ったのはホントだし、今は社長のことを遠くで見てるだけで満足ってゆうか…」
「片思いの高校生じゃあるまいし」
あかりの両肩に手を置く千夏は真剣だ。
「そうやってモヤモヤしてるのをカンセー堂の社長も、社長の奥さん、娘の麗華もみんな知らないんだよ。真実を知らせて、悩ませて、復讐してやるべきよ」
「復讐って…」
いくらなんでも…。
母は父のことを恨んでなどいなかった。
だから、あかりも恨む気持ちはない。
「そうだ! で、あかりが次の社長になるの! それがいいわ!」
千夏は叫んで勢いよく拳を天井に向かって突き上げる。
と、その直後、テーブルに突っ伏してしまった。
「ちぃちゃん?」
こうなると揺り動かしただけでは簡単には起きない。
あかりはぐったり眠る千夏にブランケットを掛けてやった。
もう…めちゃくちゃなこと言うんだから。
後を継ぐなんて望んでないけど…。
社長に真実を明かしたらどうなるんだろうか。
最初のコメントを投稿しよう!