第1章 ソルティな出会いクラッシュナッツ

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あかりは眠れなかった。 千夏の寝顔を見ながらテーブルで頬杖をついていた。 今頃隼人くんはどうしてるかな。 夜も麗華と一緒なのか、それともあれから反省したのか。 今は言い訳を聞きたくなくてスマホの電源は切っていた。 まだ太陽は昇っていない。 唐突だけど―。 お菓子を作ろうかな、と思い立つ。 こんな時、ストレス発散になる。 キッチンに立つと力が湧くのだ。 戸棚の引き戸を開けてみた。 ズラリと並ぶノートは全部で56冊。 すべて番号が振られており、1から順番に並んでいる。 これらは母が書き記していた研究ノートだ。 日付は三十年も前からあり、亡くなるギリギリまで綴られていた。 1冊選び、パラパラ素早く目を通す。 母はレシピや様々なアイデアをメモしていた。 几帳面とよく言われるあかりでさえ、マメな母には舌を巻く。 レシピに関しては、ほとんど実験レポート。 材料や分量を変えて何度も試した結果が記されていた。 今日はスコーンにしよっと。 該当のページを見つけ、着古したエプロンを身に着ける。 材料や道具を用意すると、やる気がみなぎってきた。 朝食になるようなものがいい。 ちぃちゃんはクルミが好きだから…。 市販のレシピ本も見つつ、ノートも参考にする。 オーブンを予熱し、きっちり材料の分量をはかる。 ボウルに粉類をふるって入れ、冷えたバターのキューブを指先で混ぜる。 その混合物と牛乳をまとまるまで混ぜ、クルミを少量加える。 それを厚めに伸ばし、小さなコップを型に使って生地をカット。 天板に並べたら表面に牛乳を塗って焼く。 無心で淡々と作業をするこの時間が好き。 これは魔法の一種だ、と思う。 いろいろミックスして焼くだけで素晴らしいものができるのだから。 ひと口食べてみて目を閉じる。 やっぱり焼きたてがおいしい。 スコーンのサクッとした食感にクルミの歯ごたえもいい。 ドライフルーツがあったらよかったな。 しばらく創造の世界に浸る。 起きてきた千夏がそれを口にし、絶賛しまくったのは言うまでもなかった。
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