冬は春のふりをして

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冬は春のふりをして

 寒の合間にニセモノの春が訪れた。   気温が二十度近くにもなった土曜日の真昼間に、私は手押し車で進む母と並んで弁当屋へ続く通りを歩いていた。   父が亡くなり三年ほど経った頃から母は自律神経に顕著に支障が出るようになり、毎晩のように「耳鳴りがして眠れない」と訴えて来るようになった。   その頃の私は四十を過ぎてもなお、独身やもめであった。  貯金もなく定職にも就かず、世捨て人のような生活を送っていた私は母を介助するつもりで実家へ帰ることにした。   それから十年以上が経った。   私は実家のすぐ近くに在る大きな自動車工場で掃除夫として働きながら、近頃耄碌し始めている母がうっかり死なないように付き添って生活をしている。  働けど働けど地位や給与は上がるはずもなく、手取りは十万を切るが、母の年金と合わせて何とか日々を暮らしていけている。   土曜の昼前に、テレビコマーシャルをぼんやりと眺めていた母が「あれ、食べたいねぇ」とぽつりと言った。それはチェーンの弁当屋が新商品として発売している中華丼だった。
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