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幸い家の近くに店舗があった為、私は買いに行こうかと提案した。
「母ちゃん。俺、行って来るよ」
私がそう伝えると、母は膝の上に置いていた巾着袋から使い古した黄色の財布を取り出した。
財布から小銭を数枚取り出そうとした母が目を細めつつ探り探り指先を動かすと、テレビの中で高級温泉に浸かる女タレントの奇声じみた声に混じり、破れた襖が草臥れた居間にチャリチャリ、と乾いた音を立てる。
「ほら、これで買って来な」
そう言って渡された五百円玉一枚と、百円玉五枚を私は恥ずかしげもなく受け取り、立ち上がってからコートに手を伸ばして、止めた。
空気と陽光が二月とは思えないほど暖かで、朝の十時を過ぎる頃にはエアコンの暖房を消していたのだ。
窓を開けて外の気温を確かめようか迷っていると、母が「たまには私も外、出ようかな」そう言うので、一緒に出ることにした。
財政が苦しい私の住む街は道路環境があまり整備されておらず、狭い歩道のすぐ真横を自動車が幾台も通り過ぎて行く。
経済的な状況から車を持てない私は母に申し訳ないと思う気持ちを隠したまま、せめてもの償いの為に母の右側を守って歩く。通り過ぎて行く車が忌々し気に、私達に向かってクラクションを鳴らしている。
私達親子は歩くことですら、こうやって人様に迷惑を掛けてしまう。
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