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新婚生活編1・王都からの招待状と更けゆく新婚の夜
私がベイシェンス辺境伯領に嫁いできて二カ月が過ぎた。
先日、無事にお披露目会も済み、ここでの暮らしにもすっかり慣れてきたそんなある日の夕食の席。
「王城から陛下主催の狩猟大会の招待状が届いた」
粗方食べ終えたタイミングで旦那様が切り出した。
「へぇ。それ、行くんですか?」
私は紅茶を飲んでいた手を止めて、隣に座っている旦那様に目を向ける。
旦那様は粗削りだが彫りが深くて整った顔に、シンプルなシャツの上からでも鍛えられているのがひと目で分かる厚く引き締まった体付き。デルミア王国民には珍しい黒髪は、日本で生きた前世の記憶を持つ私には好感しかない。加えて、旦那様が私を見つめる新緑色の瞳はどこまでも優しげで……うん! 今日も旦那様が惚れ惚れしちゃうくらい男前だ!
「今はカガール王国との関係も落ち着いている。招待を受けたからには行こうかと思っているが」
「わぁっ! 旦那様が参加したら絶対優勝間違いなしですね」
「いや、それは分からんが……。それより、いいのか?」
なんでか旦那様の歯切れが悪い。
私は小首を傾げながら、さっそく脳内で楽しい想像を巡らせる。
「いいって、なにがです? ……それより優勝したらきっと賞金がガッポリよね。そんだけ入ったらちょっとばかし贅沢したってバチはあたらないはず。……むふふっ。ずっと欲しかった東国原産の調味料、旦那様に王都のアンテナショップでお土産に買ってきていただけちゃったりしない──」
「土産?」
旦那様に低く問い質されて、初めて妄想が声になっていたことに気づく。
「す、すみません! つい調子に乗っちゃって……あの、もちろんお土産なんていりませんから! 旦那様が元気で帰って来てくれたらそれが一番です!」
私が青くなって謝罪していると向かいから高らかな笑い声があがる。
ん?
怪訝に思いつつ目線を上げたら、なぜかお義父様がお腹を抱えて笑っていた。……失礼な。
「はははっ、これは傑作だ」
「傑作って、なにがですか?」
頬を膨らませてムッとした目を向ける私に、お義父様は一旦笑いを収め、柔らかな眼差しを注ぐ。
この新緑色の瞳で見つめられてしまえば怒りを持続させるのは困難で、頬の空気がぺちゃんと抜ける。旦那様とそっくりなその目はズルい。だってお義父様は、私が大好きな旦那様が年を重ねたらいずれそうなるだろうを見事に体現したダンディなイケオジなのだから。
「まぁ、そうむくれるな。君の早とちりも傑作だが、ライナスも言葉が足らん」
どういうこと? 旦那様は取れてもいない賞金を当て込んでがめつくお土産を強請る私に呆れたんじゃなかったの?
「セイラ。狩猟大会の招待状は俺たち夫婦宛に届いている。君が嫌でなければ、夫婦で参加したい」
なんと、まさかの夫婦宛……!
それはとんだ早とちりだ。
私はガバッと旦那様に向き直り、勢い込んで告げる。
「そうでしたか! それは失礼しました。そういうことでしたら、ぜひ私もご一緒させていただきます!」
陛下主催の狩猟大会となれば、当然かつての婚約者だった王太子、アルフリート殿下も参加しているはずで。旦那様の『いいのか?』は、きっとその辺りのことを遠回しに心配してくれたに違いない。
本当に、優しい人なのだ。政略と疑っていなかった最初こそどうなることかと心配もしたけれど、旦那様と結婚出来た私は幸せ者だ。
「そ、そうか」
旦那様は私の勢いに驚いたようで、ちょっと押され気味に頷いた。
「素晴らしい縁を結んでくださった陛下には、改めてお礼を言いたいと思っていたんです。ちょうどいい機会になります。なにより、私の旦那様はこんなに素敵なんだって集まった人たちに自慢が出来ちゃいますね! ふふふっ、楽しみです」
「君は本当に……」
こちらを見て眩しそうに目を細くする旦那様に首を傾げる。
「旦那様? どうかしました?」
「いや、なんでもない。それから、君が欲しい調味料は賞金など関係ない。いつでも遠慮なく言ってくれ。すぐに手配する」
「え。でも、輸入品なので結構お高いですし……」
言い淀む私の向かいで、お義父様がプッと噴き出す。
見ればお義父様が、クツクツと笑いながら肩を揺らしていた。……本当に失礼しちゃう。
「お義父様、なにか?」
「いや、なんでもない。俺はこの後、少しやることがある。すまないが、先に退席させてもらうぞ」
お義父様は苦笑しながら席を立ち、退室しかけ。ふいに、思い出したように振り返った。
「そうそう、新しい調味料でうまい物が出来たら、その時は俺もご相伴に預からせてくれよ」
お義父様は言いたいことだけ言うと、私の返事も待たずにサッサと食堂を後にした。
やれやれ。相変わらず自由な人だ。
……でも、もしかして気を遣ってくれたのかな。
早めの退席は、新婚の私たちをふたりきりにしてくれようという、お義父様なりの配慮だったのかもしれない。本当のところは分からないけど。
「セイラ」
お義父様が消えた扉をぼんやりと見つめていたら、旦那様に呼びかけられた。
慌てて視線を戻すと、旦那様がジッと私を見つめていた。
「本音を言えば、俺は宝石もドレスももっともっと君に与えてやりたいと思っている」
唐突な旦那様の台詞に、私はギョッとして首を横に振る。
「いえいえ! それらは輿入れの際にもう十分に揃えてもらっています。これ以上買っていただいても、そうそう付けていく場所もありません。箪笥の肥やしを増やすだけでもったいないですから、いらないですよ」
こちとら前世は小庶民なのだ。加えて今世も貴族出身とはいえ、実家はほとんど名ばかり貴族。暮らしは至って質素だった。
過剰な贅沢はどうにも身に馴染まないのだ。
「ああ、君の思いは分かってる。だから俺は、宝石もドレスも新しいのを贈りたいのをグッと我慢している。そこに来てせっかく君が望んでいる物があると知ったんだ。どうか俺から贈る楽しみを奪わないでくれ」
「……旦那様」
旦那様は柔らかに微笑んでスッと腕を伸ばすと、私の頬をさらりと撫でた。
お義父様が退室し、今は使用人も下がらせているから食堂には旦那様とふたりきり。
親密さを増した旦那様の態度にドキリと鼓動が跳ね、全身の体温が上がる。
「それから、価格のことを気にしていたようだが関係ない。そのくらいの甲斐性は持ち合わせているつもりだ」
「えっと。なら、手配していただくよりも、王都に行った時に旦那様と一緒にお店まで買いに行きたいです」
「俺と一緒に?」
「はい。旦那様と初めてのお買い物デート……ふふっ、楽しみです」
ドキドキと煩い胸を押さえ、はにかんで告げた。次の瞬間、旦那様の整った顔が迫り、しっとりと唇が塞がれる。
旦那様の急な行動に戸惑い、パチパチと目を瞬く。
「んっ」
幾度も角度を変えながら段々と口付けが深くなる。
なにが旦那様の心の琴線に触れたのか。夕食の席でこんなふうに熱く唇を求められるのは初めてのことで少し驚く。けれど、決して不快ではなく。むしろ、旦那様の少し余裕なさげなその様子に煽られて、私自身じわじわと性感が高められてしまう。
私は必死になって旦那様に応えた。長い口付けがやっと解かれた時、私の息はすっかり上がり、蕩けた頭はまともに物を考えるのも難しかった。
「セイラ、もっと君を愛したい」
耳もとで低く乞われ、逆上せたようになりながらコクンと頷く。それを見るや、旦那様は掬うように私を軽々と横抱きにして食堂を後にした。
そうして誘われた夫婦の寝室。
旦那様はそっと私を寝台に横たえて、覆い被さる。
私を見下ろす彼の目は、隠し切れない欲情を湛えていた。
首筋に顔を埋めた旦那様は、時々柔らかな肌を唇で吸い上げては朱色の痕を残しながら、いつもより性急にドレスを緩めていく。
ドレスの胸もとがはだけ、まろび出たささやかな双丘に旦那様がホゥっと感嘆の息を漏らす。
「君は本当に美しいな」
「……んっ」
ふくらみの片方を日頃から剣を扱ってすっかり硬くなった手のひらでそっと包み込まれると、僅かに主張しはじめた先端の部分がざらりと擦れる。その刺激に、思わずふるりと体を震わせた。
旦那様は私の反応にフッと微笑み、もう片方のふくらみに顔を寄せた。
「ぁんっ」
色づく中心を唇でチュッと吸い上げられて、そのまま口内で転がされる。得も言われぬ甘い痺れが走り抜け、私は旦那様の下で快感に体を跳ねさせた。
旦那様は胸への愛撫を続けたまま、私の腰のあたりに撓んでいたドレスを器用に下穿きごと引き下げて、あっという間に生まれたままの姿にしてしまう。旦那様の熱い視線と外気に晒されて、恥ずかしさにそわそわと落ち着かない心地になる。けれど、すぐに彼から与えられる感覚で頭がいっぱいになった。
大きな手が腰のラインを辿り、ささやかな和毛を割る。旦那様の指先があわいに触れた時、ピチャリと湿った水音があがった。
「っ、やぁっ」
カァッと頬に朱が上る。ところが、羞恥に身悶える私とは対照的に、旦那様は嬉しそうに目を細くしていた。
「こんなに濡らして。なんて可愛いんだ」
「んんっ!」
旦那様の指が泥濘に沈み、くるりと浅い部分を撫でる。たっぷりの蜜をたたえて蕩けきったそこは第二関節までを抵抗なく受け入れて、与えられた刺激を喜ぶようにきゅんと収縮した。旦那様は私の反応を見ながら根本まで指を沈め、私のいいところばかりを的確に擽った。
幾度か抜き差しを繰り返しながら、指の本数が二本に増やされる。さらに愛液を纏わせた親指の腹で淫芽を捏ねられて、電流みたいな快感が突き抜ける。
「あ、やだ……旦那様っ! それ以上は……っ!」
「我慢しなくていい。そのままイッてごらん」
必死に首を横に振って訴えるのに、旦那様は取り合ってくれない。
快感の芽を指の腹で円を描くようにクニクニと転がされ、私は旦那様の手で容赦なく小さな絶頂へと押し上げられる。
「あ、ぁああっ!」
快感が弾け、頭の中が真っ白になった。
私が肩ではふはふと荒い息をついていたら、汗で張り付く髪を優しく撫でる手があった。
見れば、旦那様が私の顔の横に腕を突いて、上から見下ろしていた。いつの間にか旦那様の着衣は解かれ、一糸纏わぬ姿になっていた。慈愛と色欲が織り交ざったような眼差しと、鍛え上げられた彫像のような逞しい裸体にドキリとする。
「上手にイケたな。セイラ、今度は一緒に……いいか?」
「んっ、来てください」
旦那様の両肩をキュッと掴んで頷く。直後、怒張の先端が秘裂を割る。
「っ!」
その圧倒的な重量感に慄いて思わず息を詰める。幾度か夜を重ねてきたが、いまだに挿入の瞬間には腰が引けそうになってしまう。
ここ最近は痛みを感じることこそなくなってきたけれど、その大柄な体格に相応しく旦那様自身もあまりに大きい。受け入れる時は、どうしたって圧迫感が凄まじいのだ。
それをよく知る旦那様は無理に押し入ることをしない。私の顔中にキスを降らせながら、大きな手で労わるように腰のあたりをさすり、私の体から強張りが抜けるのをゆっくりと待ってくれる。今もそうだ。
私としてはありがたいのだけれど、この時の旦那様はなにかに堪えるように少しだけ苦しそうで。きっと彼は、私のためにすごく我慢をしてくれている。
……本当に優しくて、愛しい人。
「旦那様、もう大丈夫です。それと、旦那様が私を気遣ってくるのは本当に嬉しいんです。でも、もっと我儘になってくれてもいいんですよ?」
本当はまだ少し違和感が残っていたけれど、気づけば旦那様への愛しさが言わせていた。
旦那様は私の言葉が予想外だったのか、驚いたように目を瞠った。
「私、ちゃんと全部受け止めますから。だから、続きをしてください?」
私がさらに強請るように告げたら、旦那様が唸るように口を開いた。
「っ、頼むからあまり俺を煽らないでくれ」
「えっ? そんなつもりはないんですが……でも、私たちは夫婦ですから、旦那様ばかりが我慢をするのは違うなって。それに私だって、もっと旦那様のことを感じた……っ、ぁあっ!?」
腰を掴まれたと思ったら、ひと息でグッと挿し入れられて、一番奥の突きあたりを叩かれる。
衝撃で目の前にチカチカと星が散る。けれど、痛みはなかった。先の愛撫で蕩けきったそこは、僅かな違和感とそれを上回る圧倒的な快感でもって旦那様を迎え入れていた。
「今のは君が悪い」
身悶えする私の耳もとで旦那様が低く告げ、律動を開始する。
「あっ、ぁああっ!」
そこからは、まるで奔流のようだった。
私は旦那様の逞しい肩にしがみ付き、彼に与えられる愉悦と熱情の波を揺蕩う。
「旦那様っ!」
快感の頂が目前に迫り、縋るように旦那様の首に腕を回して抱きついた。
「っ、セイラ。今だけ名前で呼んでくれ」
旦那様はきつく私を抱き返し、いつになく切羽詰まったような声で告げる。
「ライナス様……っ、んんっ!?」
熱に浮かされた頭で乞われるまま呼べば、旦那様の滾り切った怒張がさらにその質量を増したように感じた。
「そこ、だめぇ……ああっ、もう……っっ!!」
ふくらみきった亀頭の先端でこれ以上ない奥深くを抉られた瞬間、極限まで溜まり切った快感がついに弾けた。隘路が収縮し、無意識の痴態で旦那様の剛直を引き絞る。
「セイラ、一緒に……クッ!」
「ぁあああっっ!!」
私たちは固く抱き合って同じ天辺へと駆け上る。
旦那様の怒張が震え、幾度にも分けて熱い白濁が注がれる。その刺激にもまた高められ、上った快感の頂点からなかなか下りてこられない。
「愛してる、セイラ」
「私も、愛してます」
熱い吐息と共に囁かれ、私も絶頂の余韻を残す掠れた声で囁き返す。
隙間なく重ねた肌と肌から伝わる互いの温もりが愛おしい。
「君は俺の妻だ。……誰にも渡さない」
耳朶を掠めたのは、少し唐突にも思える台詞。少し驚くけれど、独占欲が全面に滲んだそれが嬉しくもあり。
「どうしたんですか急に? 私は旦那様ひと筋です」
私は旦那様の厚い胸にキュッと抱きついて、彼の目を見てさらに続ける。
「だから、誰にも渡しちゃ嫌ですよ? それから、私だって旦那様の奥様の座は誰にも譲りませんから、覚悟してくださいね」
「フッ、嬉しいことを」
私を映す新緑色の双眸が柔らかに細められる。その瞳の甘さにトクンと胸が高鳴った。
「……んっ」
どちらからともなく唇を寄せ、惜しみない愛を全身で伝え合いながら、新婚の夜は更けていったのだった。
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