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車中
「今日は晴れて良かった」
「はい、本当に」
目的地へ向かう俺の車の中。
彼女をアパートまで迎えに行き、車に乗せてから、俺たちの会話はなかなか弾まない。
互いの想いを確認しあい、俺たちがつき合うようになってからはまだ日が浅い。
都合がつく限り、仕事帰りに一緒に食事をしたり、飲みに行ったりはしていたが、こうやって休日の明るい時間帯に外出するのは、実は初めてだった。そういう意味では、今日が初デートと言ってもいいだろう。
街中で過ごすことも考えはしたが、せっかくのデートだ。
万が一にも、会社や仕事の関係者と遭遇するのは避けたい、と俺は考えた。そこで思い切って水族館に誘ってみた。俺たちが住む街からは車で1時間とちょっとで行ける場所にあるから、ドライブするにもちょうどいい距離だろうと思ったのだ。
が。
たいして長くはない時間だとは思うのだが、ほぼ密室のこの空間に二人きり……、というのはまだ早かっただろうか。
食事や飲みの席では、そうでもなかったんだけど――。
信号が赤になって車を止めた時、俺はちらりと助手席に目を走らせた。
やっぱり、緊張しているな――。
年下の彼女は、両手を行儀よくそろえて脚の上に置き、車に乗った時と同じ姿勢を保ち、前を向いたまんまだった。
会社ではいつもシンプルに後ろでまとめている髪を、今日は下ろしている。そのふんわりとしたシルエットが柔らかそうで、つい手を伸ばしたくなる。今日のためにと選んだのか、優しい色合いのワンピース姿も、俺をどきどきさせるのに十分だった。
信号が青に変わる。
俺は平静を装いながら、彼女に声をかけた。
「もうそろそろ着くからね」
「はい」
控えめな彼女の声が俺の耳をくすぐった。
緊張しているのは俺も同じだってこと、彼女は分かっているのだろうか。
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