呼んで

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呼んで

それにしても。 水族館はデートコースとして人気なのか、カップルが多い。屋内の展示エリアは照明が暗めになっているからか、腕を組んだり腰に手を回したりと、堂々と寄り添っている連中がけっこう目に入る。 微妙な距離感で並んで歩く俺たちは、ちゃんと恋人同士に見えているだろうか――。 そんなことを気にする自分にこっそり苦笑していると、彼女の声がした。 「補佐、見て下さい。ラッコって、本当にお腹で貝を割ったりするんですね」 ガラスの壁の向こう側にラッコの姿を見つけて、彼女は感激したような表情を浮かべながら俺に話しかけた。 「へぇ、可愛いな」 そう相槌を打ちながら、ちらと彼女を見た。ラッコの愛嬌ある姿に興味がないわけではない。しかし、彼女の言葉の方が気になって仕方なかった。 完全プライベートのデート中なのに、役職名で呼ばれるのはやっぱり嬉しくない。その可愛らしい声で名前を呼んでほしいと思う。 俺は彼女の隣に立って、こう言ってみた。 「せめて二人の時は名前で呼んでくれないかな?俺も、みなみって呼ぶから」 「えっ、あの……」 彼女のおろおろする様が可愛くて、ついいじわるしたくなってしまうのは、どうしてなのか。俺にはSっ気などないはずなのに。 少しだけ甘さを含んだ声で、彼女の耳元で名前を呼んでみる。 「ね、みなみ」 もしもここが明るい場所だったら、彼女の真っ赤な顔が見られただろうに。 ここで言ったのは失敗だったかな――。 彼女はためらいながら、俺の名前を口にする。 「た、匠さん……」 呼んでほしいと言い出したのは自分のくせに、動揺してしまった。 名前を呼ばれただけで胸が高鳴るなんて――。 恋人のひと言でぐずぐずにでれてるこんな姿、他人には絶対に見せたくない。
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