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真のハッピーエンド
「化粧よし、髪型よし、笑顔よし!」
翌日、私は騎士団の訓練場へとやって来ていた。
窓ガラスの反射で身だしなみをチェックして、アレクサ様の訪れを待つ。
お会いしたらまず何を話そうか、久しぶりのアレクサ様が神々しすぎて倒れてしまったらどうしよう、などと考えていると、背後から男の人の声が聞こえた。
「シュゼット」
耳に心地よい艶やかな声が私の名を呼ぶ。
フレッドってば、こんなにいい声だったっけ? と思いながら振り向くと、そこに立っていたのはフレッドではない、驚くほど美しい顔立ちをした見知らぬ騎士だった。
本当に思わず息を呑んでしまうほどの美形で、少し長めの黒髪がさらりと風に揺れるだけで、圧倒的な色気を醸している。
(これはアンリ殿下のお顔も超えているわ……優勝!)
……などと馬鹿なことを考えている場合じゃなかった。
この方はどなただろう?
私の名前を知っているようだし、アレクサ様に頼まれていらっしゃったとか?
「あの、何かご用ですか? もしかしてアレクサ様のこととか……?」
「……ああ、そうだ」
「あ、やっぱり。それで、アレクサ様は今どちらに?」
「ここだ」
「ここ、ですか?」
辺りを見回りしてみても、アレクサ様の姿は見当たらない。
「あの、まだいらっしゃってないみたいですけど……?」
頭にハテナを浮かべる私に、美形騎士は困ったように微笑むと、遠慮がちに口を開いた。
「ここにいる……私がアレクサだ」
「………………は?」
訳が分からなすぎて「は?」とか「え?」とか、そんな音しか口から出てこない。
言われてみれば、たしかに瞳や髪の色はアレクサ様と同じだけれど……でも、性別が違う。
(えっ、つまり、アレクサ様は女装をしていた……?)
一瞬、そんな考えが頭をよぎったが、こんな長身で体格もいい男性が女装したところで、あのアレクサ様の見た目になるはずもない。
(というか、原作ゲームでもアレクサ様が実は男だったなんて設定、欠片も出てきていなかったけど……)
本当に意味が分からなくて、私はアレクサ様だと名乗る美貌の男性騎士をひたすら凝視する。
そして騎士も私をじっと見つめた。
「……急にこんな姿で現れて驚かせてしまったと思う。でも、これが私の本当の姿なんだ。君のおかげで、やっと呪いが解けた」
「呪い?」
「ああ、姿を変える呪い。幼い頃、継母が私にかけたんだ」
そう言って続けられた彼の話は、私の予想だにしないものだった。
アレクサ様は、七歳までは元の男の子の姿のままで、それなりに幸せに暮らしていたという。
しかしその頃、実のお母様が亡くなられ、すぐにお父様の長年の愛人だった女性が後妻としてやって来てから人生の歯車が狂い出した。
アレクサ様より一歳年下で私生児だった異母弟を後継者にするべく、後妻が代々の家宝だという魔道具を使ってアレクサ様を女の子の姿に変えてしまったのだ。
非常に強力な呪いで、幼いアレクサ様にはどうすることもできず、いつの間にか戸籍まで改竄されてしまい、幼少期はその姿のまま過ごすしかなかった。
成長してから、何とか元の姿に戻れないかと魔道具を調べたりもしたものの呪いを解く方法は分からず、ある日、後妻と父親が自分をどこかに嫁がせようと話しているのを聞いてゾッとして、家を出ることを決意したのだった。
「……剣術が好きで、隠れてずっと練習していたから、騎士を目指そうと思った。幸い、才能もあった。騎士になれば着たくもないドレスを着る必要もないし、言葉遣いも気にしなくていい。元の姿には戻れないが、これが自分にとって一番幸せな道だろうと思った。それなのに、君が現れて、すべてが変わってしまった」
「私、ですか……?」
「ああ、君が毎日私の元を訪れて素敵だなどと褒めたてるのを、初めは私の外見を見て騒いでいるだけだと思った。すぐに他の男性騎士に目移りして去っていくだろうと。だがいつまで経っても君は私から離れなかった。どこからでも私を見つけて、世話を焼こうとやって来て……。いつしか、君がそばにいるのが当たり前になっていた」
淡々と紡がれる言葉。けれど、彼の眼差しも声も温かい。
初対面のはずだし性別も違うのに、そこにはアレクサ様の面影をはっきりと感じた。
「騎士の私が好きだと言ってくれたことが嬉しかった。外見ではなく、私自身を好いてもらえたことが心地よかった。このまま君と友人でいられたらいいと思った。でも、君がそのうち誰か別の男のものになるのかと思ったら……耐えられなかった」
「え……?」
思いがけない彼の言葉に、鼓動が早まる。
それは、アレクサ様が私のことを……?
「自分が男の姿だったらと、この呪いが解けてくれたらと、あれほど願ったのは初めてだった。……するとその夜、男の姿に戻ったんだ」
彼が、自分の体を確かめるように、ぎゅっと拳を握る。
「呪いが解けた理由は分からないが、きっと君のおかげだと思う」
そう言って、アレクサ様が微笑む。
「本当は一刻も早く君に会いたかった。だが、それより先にやっておかなければならないことがあった」
「やっておかなければならないこと……?」
「ああ、小さなことから言えば、この体に合う服が必要だったというのもあるが……何よりもまず、身分を取り戻したかった」
「身分……」
そういえば、アレクサ様の話からすると、幼い頃に呪いをかけられていなければ、アレクサ様が侯爵家の次期当主となるはずだったのだ。この国では当主となるのは基本的に嫡男だから。
「身分にこだわるなど意外だと思うかもしれないが、どうしても必要だった。好きな女性に求婚するのに、侯爵令嬢のアレクサのままでは格好がつかないから。少し時間がかかってしまったが、ようやく堂々と気持ちを伝えられる」
「きゅ、求婚って、アレクサ様……?」
「これからは、アレックスと呼んでくれないか? 私の本当の名前だ」
「ア、アレックス様……」
私が名前を呼ぶのを聞いて、彼は嬉しそうに目を細める。
その笑顔を目にしただけで私の心臓ははち切れそうなのに、アレックス様はさらに私の手を取ってひざまずいた。
「……君が仲良くしたかったのは、女のアレクサだということは分かっている。だが、それでも、私の想いを伝えさせてくれ──君と人生を共にしたい。私の一生をかけて君を守る。どうか、私の伴侶になってもらえないだろうか」
アレックス様の真摯な言葉に、切実な眼差しに、私の鼓動がさらに高鳴る。
(アレクサ……いえ、アレックス様が、私に求婚……?)
信じられない。こんな展開、想定外すぎる。
私はアレックス様に取られた手を、きゅっと握った。
「……実は最近、ずっと不安だったんです。私はアレクサ様とお友達になりたかったはずなのに、この気持ちは友情と呼ぶにはちょっとおかしいんじゃないかって。アレクサ様に会えない間、ずっと切なくて、胸が焦がれて仕方なくて……。けど、きっと気のせいだ、度を超えているかもしれないけどこれは友情だって、深く考えないようにしていました。でも、今日アレックス様とお話しして分かりました。……やっぱり私は、あなたに恋をしていたんだって」
私の言葉に、アレックス様の目がわずかに見開かれる。
「さすがに初めは驚きましたけど、男の人の姿でも、あなたはたしかにアレクサ様だし、この気持ちは変わりません。むしろ、これからは気兼ねなくあなたを想うことが許されて嬉しいというか……」
恥ずかしさで言葉に詰まる私に、アレックス様が穏やかな声音で尋ねる。
「それは、シュゼットも私と同じ気持ちだと思っていいだろうか?」
「……はい、私もずっとあなたと共にありたいです。求婚をお受けします」
そう答えた瞬間、ふわりと体が浮くのを感じ、気がつけば私はアレックス様の腕の中にすっぽりと収まっていた。いわゆる、お姫様抱っこの状態で。
「わっ、アレックス様!?」
「受け入れてくれてありがとう、シュゼット。断られたらどうしようかと思った」
「私はきっとアレクサ様からの求婚でも受けていたと思いますよ」
「君という人は、まったく……」
アレックス様が困ったように、でも嬉しそうに笑う。
「……というか、私、重いですよね。そろそろ降ろして……」
「君は軽いし、まだ降ろさない。こうやって抱きかかえられるようになったのも嬉しいんだ」
そう言われてしまうと、まだここに収まっていたほうがいいような気になってしまう。
「さて、少し歩くから掴まっていてくれ」
「えっ? このまま歩くんですか……?」
「ああ、こうやって行けば他の騎士たちへの牽制になるだろう?」
アレックス様が颯爽と歩き出す。
「牽制、する意味ありますかね……?」
「君は知らないかもしれないが、騎士たちから人気だったんだ。これまではそれが気に入らなくてもどうする権利もなかったが、今は違う。シュゼットは私のものだと他の奴らに分からせる」
「な、なるほど……?」
知らなかった。アレクサ様はいつもクールで、周囲のことは気にせず受け流すタイプだと思っていたけど、なかなかの独占欲をお持ちなのかもしれない。
「ちなみに、今どこに向かってるんですか?」
「アンリ殿下のところだ。ずっとシュゼットを料理人にされてしまっては困るから交渉する」
あと、けっこう攻めるタイプみたいだ。
思わず、ふふっと笑みをこぼすと、アレックス様が不思議そうに私を見る。
「何かおかしかったか?」
「あ、いえ。なんだか今まで知らなかったアレックス様のことが色々知れて、嬉しいなって思いまして」
本来は男性なのに、今までずっと無理やり女性の姿にされていたのだ。
出来なくて悔しい思いをしたり、抑えていたことがたくさんあったに違いない。
これからは、アレックス様の本当の人生を歩んでいってほしいと、心から思う。
そして私はそれを全力で応援していきたい。
アレックス様のハッピーエンドを見ることが、この世界に生きる私の一番の願いだから。
「私、アレックス様を幸せにしますからね」
「……君はもう私を幸せにしてくれているよ。私も必ず君を幸せにする」
「私だってもう幸せなのに……。じゃあ、二人でもっともっと、世界一幸せになりましょうね」
「ああ。君となら、世界一も簡単そうだ」
アレックス様が優しく微笑み、ぎゅっと私を抱き寄せる。
私は彼の大きな胸に頬を寄せ、愛しい人の温もりと幸せの余韻に浸るのだった。
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