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夜会への招待
それから数日経ったある日のこと。私は一通の手紙を片手に頭を抱えていた。
「王宮の夜会への招待状か……」
差出人は第二王子のアンリ殿下だった。
なんでも、先日の「差し入れ泥まみれ事件」のことを知り、そのお詫びとして招待したいとのことらしい。あの嫌味な文官からの謝罪の手紙も同封されていた。
殿下の気持ちはとてもありがたい。……ありがたいのだが、一つだけ懸念があった。
それは、原作ゲームの『幸せの迷宮』では、王宮の夜会=「アンリルート」への分岐点であるということ。
そう、第二王子のアンリ殿下は、ゲームのメイン攻略対象なのだ。
前世では顔の良さから一番の推しキャラだったけれど、今世でアンリ殿下とどうにかなりたいとは思っていなかった。
(だって、王子妃だなんて荷が重すぎる……)
ゲームでは何の責任もなく恋愛だけを楽しめるからいいけれど、今世ではこれが現実の人生だから、当然それだけでは済まない。王子妃に課されるハイレベルな要求や重いプレッシャーのことを考えると、無関係の人間として傍から眺めるか、いっても友人くらいの距離感が精神衛生上絶対にいい。
(……まぁでも、アンリ殿下とは直接会ったこともないし、いきなり分岐に入るってことはないわよね。これはきっと本当にただのお詫びなんでしょう)
そう考え直した私は、せっかくの招待を断るのも失礼かと思い、結局参加の旨を丁寧にしたためて返事を送ったのだった。
◇◇◇
そしてあっという間に夜会当日。
私は母の指示によりメイドたちに徹底的にヘアメイクされ、手持ちの中で一番高価なドレスに着替えさせられて、夜会へと送り出された。
「夜会に参加する前からこんなに疲れるなんて……」
会場の入り口を前に溜め息をついていると、すぐ横から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「おっ、シュゼット。今日はちゃんと可愛い格好してるじゃん」
「……フレッド」
顔を向ければ、騎士服に身を包んだ幼馴染のフレッドが、楽しそうに目を細めて私を見下ろしていた。
「お前、この間は俺がわざわざお洒落して来いってアドバイスしてやったのに、地味な格好で来るんだもんなぁ」
「あっ、あれは土砂降りの後だったからドレスが汚れるかもと思って……」
「せっかくお前が少しでもアンリ殿下の目に留まるようにと思って教えてやったのにさ。まぁでも、こうやって夜会に招待してもらえたんだし、チャンスなんじゃないか?」
「チャンス……? それってまさかアンリ殿下に見初められるとか、そういう……?」
「当たり前だろ。お前、昔からアンリ殿下の姿絵を見ては、うっとりした顔してたじゃん。アンリ殿下のことが好きなんだろ?」
不思議そうに首を傾げる私に、フレッドも同じように首を傾げる。
どうやら、過去の無意識の推しキャラ萌え行動のせいで、あらぬ誤解を招いていたようだ。
「違う違う! あれはアンリ殿下のお顔が素敵で眼福だな〜と思って眺めていただけで、好きとかそういうのじゃないから!」
「そうなのか? じゃあ、他に好きな奴がいるとか?」
「他に好きな人……?」
「は? まさかいないのか? 十七歳にもなって?」
十七歳。それは、恋愛にうつつを抜かして当然と言っても過言ではない年齢。
であるにもかかわらず、私は「好きな人」と言われて誰も思い浮かべることができなかった。
……いや、本当は一人だけ思い浮かんだ。
でも、それは異性ではない。
(私、アレクサ様のことしか思い浮かばないなんて……)
いくらこの間の振る舞いが格好良すぎてときめいたからと言って、これはちょっと重症なのではないだろうか。
(私が目指しているのは、アレクサ様との真の友情エンドのはず……!)
うっかり湧いてきそうな感情から逃げるように、ぶんぶんと頭を振る。
「い、今はまだそういうのはいいの!」
強引に誤魔化すと、フレッドは「ふぅん」と言いながらにやっと笑った。
「ま、協力が必要になったら言えよな。俺、お前には借りがあるからさ」
「はい? 借り??」
突然そんなことを言われ、思わずきょとんとしていると、フレッドが少し大人びたような笑みを浮かべて言った。
「お前、昔うちに『新しい家庭教師はスパイだ』って手紙で教えてくれただろ? そのおかげで、俺はあいつに怪我をさせられずに済んだ」
フレッドからの思いがけない言葉に私は目を丸くした。
「えっ! なんで私からの手紙だって知ってるの!?」
「お前は筆跡とか変えてバレないように工夫してたみたいだけどさ、こっそり手紙を置いてるところを、俺見たんだよ」
「まさか……」
「ははっ、詰めが甘いのがお前らしいよな。初めはイタズラかと思ったけど、念のため奴とは注意して接するようにしていたら、何度も故意に怪我を負わせようとしているのに気付いてさ。父さんが徹底的に問い詰めて吐かせてやったよ」
「徹底的……」
「というわけでさ、お前には感謝してるんだよ。だから助けが必要なときはいつでも言えよ」
「うん、ありがとう」
フレッドは最後に私の肩をバシンと叩くと、見回りがあるからと言ってどこかへ行ってしまった。
「……だから手加減しなさいってば」
叩かれた肩に手を当てながら苦笑する。
(そっか、手紙を出したのは私だってことは最初からバレてたのね)
今までフレッドが何も言わなかったのは、私が正体を隠そうとしていたのを尊重して知らないフリをしてくれていたのかもしれない。即バレしていた自分の間抜けさには呆れるものの、フレッドに感謝してもらえていたのは嬉しい。なんだか今日はいいことがありそうだ。
(そういえば、もしかしたらアレクサ様も夜会の警備をされているかもしれないわね。どこかで会えたらいいな)
そんなことを思いながら、私は夜会の会場へと入っていったのだった。
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