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王子からの申し出
王宮の一流シェフによる豪華な食事を一通り堪能した私は、一人庭園に出て涼んでいた。
「まさかお菓子を食べて酔っ払うなんて……」
なんと、美味しそうだと思って食べたお菓子の中に、強めのリキュールのジュレのようなものが入っていて、アルコールに弱い私はすっかり酔ってしまったのだった。
夜風に当たって少し酔いが覚めてきたものの、今度はトイレに行きたくなってきた。我ながら忙しない。
「お手洗いはどこだったかしら……」
ちょうど噴水の横を抜けようとしたところで、見計らったかのように誰かが姿を表した。
「──シュゼット嬢、少しいいかな?」
柔らかで穏やかな声を持つ、金髪碧眼の見目麗しい男性。
この人に声を掛けられたのなら、たとえ一刻も早くトイレに行きたくても応じなくてはならない。なぜなら、この方は我が国の王族だから。
「アンリ王子殿下……」
「ああ、顔を上げてくれないか。礼儀のことは気にしないでいいから」
「は、はい……」
殿下一人だけで私に何の用があるというのだろうか。
差し入れの件は文官から謝罪してもらった上に、お詫びとしてこんなに素敵な夜会にも招待してもらえたのだから、私としてはこれ以上何も言うことはない。
(まさか殿下が私に直接謝罪するなんてこともないだろうし……)
謎の登場に戸惑う私の心境を知ってか知らずか、殿下が一歩こちらへと近づく。
そして真剣な面持ちで私の手を取った。
「急に声を掛けてすまない。でも、どうしても君と話がしたくて……。こんなことを言ったら驚くかもしれないけど、僕は本気だ。シュゼット嬢、どうか僕の──」
思いがけない殿下からの申し出に驚きつつも、断る理由のない私はゆっくりとうなずいたのだった。
◇◇◇
翌日、私はアンリ殿下に呼ばれて王宮を訪れていた。
案内の人が来るというので待っていると、現れたのはアレクサ様だった。
「アレクサ様! おはようございます。アレクサ様が案内してくださるのですね!」
「……シュゼット嬢、おはようございます。貴賓室に案内いたしますので、こちらへどうぞ」
アレクサ様に会えたのが嬉しくて笑顔で挨拶すると、返ってきたのはどこか暗い表情と、他人行儀な言葉だった。
(アレクサ様……この間は「シュゼット」って呼んでくださったのに……)
一体どうしたのだろうか。
知らないうちに、急に嫌われてしまったのだろうか。
一瞬、地の底まで落ち込みそうになってしまったが、今世ではアレクサ様とのハッピー友情エンドを目指しているのだ。こんなことでへこたれてはいられない。
私は勇気を振り絞ってアレクサ様に尋ねてみた。
「アレクサ様……もしかして私のこと、嫌いになってしまいましたか? 嫌なところがあれば直しますので、遠慮なく言ってください!」
私の言葉にアレクサ様は驚いたように目を見張ると、ゆるゆると首を振った。
「……いや、君のことを嫌ってなどいない。ただ、君はアンリ殿下と……婚約するのだろう? だから、それに相応しい態度を取らなければと思って……」
アレクサ様の言葉に、今度は私が目を見張った。
「えっ!? 私が殿下と婚約!? なぜそんな話が……」
「……違うのか? 昨日の夜会で、君とアンリ殿下が話しているのを見たんだ。噴水の音でよく聞こえなかったが、二人きりで手を取り合い、殿下の懇願を君が了承したのが分かった。殿下がとても真剣なご様子だったから、きっと婚約の申し込みだと思ったのだが……」
「えっと、それは完全なる誤解ですね……」
私は額に手を当て、昨晩の本当の事のあらましをアレクサ様に説明した。
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