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どうして
「──では、あれは婚約の申し込みではなく、殿下専属の料理人としてのスカウトだったと……?」
「はい、その通りです」
そう。私もまさかこう来るかと思って驚いたのだけれど、メイン攻略対象であるアンリ殿下の設定が絡む、切実なスカウトだったのだ。
攻略対象はそれぞれ不憫な過去を背負っているが、アンリ殿下は幼い頃に第一王子側の過激派によって食事に毒を盛られて生死の境を彷徨い、それ以来トラウマで料理を一切口にできず、ずっとポーションを食事代わりにしてきたという、とても可哀想な過去を持っていた。
それが、騎士団の視察に出かけた際──実はあの差し入れ騒動を陰から見ていたらしいのだが──アレクサ様が口にするレモンの蜂蜜漬けがとても美味しそうに見えて、どうしても食べたくなったのだという。
何かを食べたいと思うのは初めてで、是が非でも私にレモンの蜂蜜漬けや、他の料理も作ってもらいたくて、騒動のお詫びを口実に夜会に呼び出し、一人になったところでスカウトに動いたのだそうだ。
普通に言ってくれればいいのにと思うが、なるべく内密にしたいとか色々考えた結果、ああいう回りくどい方法になったらしい。
「……そういうわけで、婚約とかそんな話ではないんです」
「そうか……。君の顔が赤かったし、どこか落ち着かない様子だったから、てっきり……」
「それはちょっとお酒で酔っていたので……」
あと、落ち着かない様子だったのはたぶんトイレに行きたかったせいだと思うけれど、恥ずかしいのでそれは内緒にしておく。
「それならよかった……」
アレクサ様がほっとした表情を見せる。アレクサ様も私とよそよそしい関係になるのは嫌だと思ってくださったのだと思うととても嬉しい。
「ふふ、私も王子妃には興味ありませんから。……とはいえ、あんまりのんびりしてると親から勝手に相手を決められそうで心配なんですけどね。手近な幼馴染とか……」
苦笑いでそう言うと、アレクサ様が無機質な声で問い返した。
「……幼馴染というのは、フレッド・モラン?」
「はい、そうです」
「そうか、たしかに親しそうだったな……」
「気の置けない仲ではありますね」
「では、彼が相手なら構わないと……?」
アレクサ様が眉を寄せて私を見つめる。
なんとなく不快そうな雰囲気を感じるのは気のせいだろうか。
いや、もしかすると、軽薄なチャラ男にしか見えないフレッドが結婚相手になるかもしれないと聞いて、心配してくださっているのかもしれない。
私はアレクサ様の気遣いに感動しつつ、安心していただけるように明るく笑った。
「ふふ、大丈夫です。フレッドと結婚なんて考えたこともないですから。それに、焦って結婚なんてしなくてもいいかなって思ってるんです。殿下にスカウトされた今、料理人の道を極めるというのもありかもしれません。王宮にいれば、毎日いつでもアレクサ様に会いに行けますし。私にとっては、婚活よりもアレクサ様を応援するほうが大切ですから!」
最後についついアレクサ様への思いを織り交ぜてしまった。
また呆れられてしまうだろうかと上目遣いでちらりと様子をうかがえば、アレクサ様は案の定、頭を抱えて……。
(あれ? お顔が赤い……?)
まさか度が過ぎて怒らせてしまったのかしらと内心焦っていると、アレクサ様が何かを呟いた。
「どうして、こうなってしまったんだろう……」
「え……?」
「──いや、何でもない。さあ、ここが貴賓室だ。あとは侍女がもてなしてくれるから、私はここで失礼する」
「あ……分かりました。アレクサ様、案内をありがとうございました」
別れ際に姿勢よく騎士の礼を取る、どこか切ない眼差しのアレクサ様。
──これが、私がアレクサ様を見た最後だった。
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