5 鈴と菫

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5 鈴と菫

 近くの公園で菫の手を洗って、来た道を戻りながら、菫はことさら明るく話を振ってくれた。図書館であったこと、鬼のように送られてくる兄・椿からのLINEメッセージのこと、のんびりとした菫のおばあちゃんのこと、面白かった児童書の話。まるで、会話が途切れるのを恐れているように、次から次へと話を繋ぐ菫。その話題に大した返事もできないまま、鈴はその手をぎゅ。と、握って歩いていた。 「……でさ。小柏さんが、面白いって言うから読んだのに、も。これが児童書とは思えない怖さで」  人通りが少ないとはいえ職場の近くだというのに、手を繋いで歩くことを菫はやんわりとでも拒絶しなかった。かえって痛いくらいに握り返してくれる。 「ホント、あの人底意地が悪いんだよな。鈴もそう思うだろ?」  菫の問いかけに、そうですね。と、曖昧な返事を返す。  気のない返事の代わりにその手を握る手に力を込めた。  菫が離してほしいと言っても、離せる気がしない。離してしまったら、菫が消えてしまいそうな気がする。そんなことを考えてから、また、ガキみたいなことを考えてしまったと、自分を否定するけれど、不安が消えない。  この不安がどこからくるのか、鈴にもわかっていた。  菫は優しい。だれにでも。それこそ、人以外にすら優しい。  バスに乗れずに困っている老人にも。屋上から落ちてしまった子供にも。図書館に訪れるおばあちゃんにも。本嫌いの少年にも。  道端で鳴いている子猫にも。腹ペコの狐にも。ご近所の狸にも。  道端でぼそぼそ呟いているだけのリーマンにも。母親を待ち続けていた女の子にも。星に手を伸ばす女性にも。足だけになってしまったストーカーにすら。  彼の優しさは殆ど分け隔てなく注がれている。  もちろん、鈴に対する菫の気持ちが特別なのはわかっている。鈴が惹かれた菫の優しさが、分け隔てなく誰にでも注がれているのが複雑なのも本当だ。けれど、その手を離すのが不安になるのはただの嫉妬ではない。 「ああ。そだ。明日なんだけど……何が食いたい? 俺的にはギョーザとかどうかなと思うんだけど。うちさ。誕生日はギョーザ作ること多いんだ。家族皆好きだし。材料買ってから行くから、少し遅くなっちゃうかもだけど。一緒に作ると楽しいし」  鈴の返事がおざなりだから、菫はまた、会話を途切れさせまいとするかのように話題を変えた。
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