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6 終わりと続き
辺りは、しんと、静まり返っていた。鼓膜に残るむず痒いような振動の痕跡以外は、何もなかったかのような静けさだ。
ただ、さっきまでは感じなかったのに、ひどく蒸し暑いことが思い出されて、じわり。と、背中に汗がにじむ。
「消えた?」
菫が小さく呟いた。
「さあ?」
判断がつきかねる。消えても、消えても現れるタイプのモノだったから、もしかしたら、また現れることもあるかもしれない。
「動画の再生みたいなものって……いってなかったっけ?」
茫然としたまま、菫が鈴の顔を見上げる。髪が乱れているのが少し幼く見えて、かわいい。と、こんな状況なのにのんびりと考えてしまう。
「……すみません。俺の経験上……こういうのは、はじめてっていうか……こんなこと。あるんですね」
こんな体験をしたのは初めてだった。確かに変容するタイプのモノには会ったことがある。ただ、そういうモノは普通ではないと一目見ると分かる。あんなどこにでもいる電光掲示板のような単純構造のモノが、こちらの呼びかけに答えるAIのような複雑なモノに変容する例など、見たことがない。
「成仏? とか、した?」
ぎゅ。と、鈴の服の袖口を握る菫の手は、まだ少し震えている。
「元々弱い霊だったから、何とも……」
これ以上怖がらせたくなかったけれど、無責任なことも言えずに、鈴は答えた。だから、代わりに、震える手を握る。
「しばらくは、この道は通らない方がいいかもしれないです」
そうは言ったけれど、鈴はもう、こんなことはないだろうと、思っていた。あの女性が成仏したかなんてわからない。そもそも、成仏なんてものが本当にあるのか、鈴は知らない。ああいうものが消える瞬間を見たことは何度もある。嫌と言うほど見せられた。それでも、鈴にはそれが菫が言う『成仏』なのだとは思えなかった。
「うん。ちょっと、遠回りになるけど、別の道にする」
素直にこくり。と、頷いて、菫は言った。その視線が女性の消えた辺りを彷徨う。その目の色は普段の菫の少しだけ茶色がかった黒に戻っていた。
「……帰ろうか」
鈴の手を握り返して、菫呟くように言う。
「……おくります」
答えて、鈴は菫の手を引いて歩き出した。
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