7 それの名を知っている

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「ん」  しばらくそうして鈴は菫をじっと見つめていた。それから、小さく頷いて、ぐい。と、菫の身体を起こす。  ソファに深く座った鈴の太ももの上に座らされて、向かい合うような形になって、お互いの弱い部分を晒し合う。  決して神聖な。などとは言えない。けれど、相手を信じていると、信じられていると言外に語る約束のようだと菫は思った。 「菫さん。俺の。してくれる?」  菫の男性器に手をかけて、緩く扱きながら、鈴は菫の耳元に囁く。男性同士だから、ゆるくはあるけれど、確実に快楽に直結する場所を刺激されて、鈴の手の中のソレはすぐに熱を帯びてくる。  自分の受け取った快感を鈴にも返したくて、菫はぎこちなく手を動かし始めた。 「ん。……んん」  鈴の手は確実に菫の中の欲を引っ張り上げてくれる。菫だって男だ。多少の違いはあっても、どこが気持ちがいいのか見当くらいはつく。けれど、緊張とか、恥ずかしさとか、鈴に触られる気持ちよさで、手は上手く動いてくれない。 「ごめ……あっ。……鈴……っうあ。おれ。下手で」  もどかしくて、震える声で謝ると、鈴の手が菫のソレから離れて、頬に触れる。片手は菫のソレを刺激しながらだ。 「大丈夫。気持ち……いいよ?」  視線を上げると、鈴の顔がそこに見えた。切なげに眉を寄せて、菫を見ている。けれど、それは悲しみや苦痛のせいではないと、菫にもわかった。その顔がすごく色っぽくて、目が逸らせない。  全部焼き付けておきたいと思う。 「……あ。ん」  もっと、感じている顔を見たくて、菫は手の動きを早くする。上手くできているかなんてわからない。ただ、鈴の表情は確実に快楽を受け取っているがわかる。 「ん。菫さん」  そうすると、鈴の口からくぐもった声が漏れた。手の中のソレが先走りを零している。菫の手とソレがこすれて淫らな水音が耳に届くようになると、さらに我慢できないほどの情欲が湧き上がってきた。 「一緒に握って?」  一度菫の手を離して、二人のソレを同時に菫の手に握らせて、その上から鈴の手が重なる。いつも冷たい鈴の掌。けれど、今日は熱い。 「……あ……ぁ。……鈴の……あたって……ん。ふ」  硬く熱い感触が菫のソレにも伝わってくる。お互いの先走りで濡れたソレが手を動かすたびに厭らしい音を上げるけれど、もう、恥ずかしいとも思わなかった。ただ、鈴と同じ快感を拾っている今が、堪らなく心地いい。 「鈴……っ。鈴……」  縋るようにその肩に頬擦りして、名前を呼ぶと、鈴の手の動きが一層早くなった。 「菫さん。……気持ちい?」  掠れた鈴の声。声にならずに何度も頷いて返事を返す。  もう、先のこととか、不安な気持ちとか、焦りとか、そんなことは何も考えられなくなっていた。ただ、鈴と熱を分かち合って気持ちよくなることしか、考えられなくなっていた。 「あ。や……う……んんっ」  何度も何度も二人の手が上下を繰り返す。繰り返すごとに高まっていく身体。荒くなる鈴の吐息。その吐息が頬に当たっていた。 「あ……あぁっ」  絶頂近く追い詰められていく、その刹那。ふと、菫の心に何かが過った。 「『……菫……」』  その呼び声は、鈴の声に重なって、かき消される。同時に、ギリギリまで膨らんだ風船が割れるように快感が弾けた。自分と鈴の手の中に精を吐き出す。一瞬だけ遅れて、鈴も射精したようだった。ただ、強い快感の余韻に浸っていた菫には達した瞬間の鈴の顔を確かめる余裕なんてなかった。
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