1 ケータとすみれおにいさん

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「いいかな? じゃあ、皆で本を見てみて?」  史談会の本と絵本を少女に手渡す。 「あそこのテーブルは使ってもいいし、児童コーナーは話をしていても大丈夫だよ。調べたいことをもう少し話し合って、もっと知りたいことがあったら、何でも聞いて?」  児童書コーナーの閲覧用テーブルの方を指さして、菫は言った。S市の図書館は児童書と一般書のコーナーが離れているので、少しくらい議論が白熱しても怒られるようなことはない。平日で子供の数も多くはないから、少しの間占領していても問題ないだろう。 「ありがとうございます。……ええっと。池井さん?」  菫の胸のネームプレートを見て、少女が言う。 「お名前はなんて読むんですか?」  菫。と言う字は、小学生には少し難しいかもしれない。 「『すみれ』だよ」  正直この名前はあまり好きではない。鈴に自己紹介したときも恥ずかしかった。  小学校の時は女みたいだとよく揶揄われた。 「『すみれ』?」  背の高いほうの女の子が不思議そうに首を傾げる。女の子みたいだと思っているんだろう。子供は忖度がないから、思ったことが顔に現れる。ただ、菫ももう子供ではないのだし、恥ずかしいと思うことがあっても、必要なら名乗ることも、それで変な顔をされることも仕方ないと割り切っていた。  背の高い女の子がリーダーの女の子と顔を見合わせる。 「「かわいい!」」  しかし、二人の反応は菫の予想していたのとは違っていた。 「お花の名前いいなあ。かわいい」  うっとりとした顔で、背の高い女の子が言う。 「ナナだって、かわいいじゃん。私なんて、千夏って。何にもかわいくない! 私『あおい』とか、『さくら』とかかわいい名前がよかった。『すみれ』ちゃんかあ。いいなあ」 「え~でも。チナには似合ってるよ。元気な感じで。でも。『すみれ』って、かわいいよね?」  きゃあきゃあ。と、女子トークが始まった。そして、会話の隙間にちょいちょい菫の名前を褒めてくるのだ。男子三人が他の男が褒められているのが明らかに面白くないと言った表情をしているのにも気付いていない。 「すみれ。って、女みたいじゃね?」  ケータがツッコミを入れる。 「確かに。お兄さんの名前には。な?」  ボンボンが言うと、ここぞとばかりにケータも頷いた。 「うわ。それ、先生がいっちゃダメって言ってたやつじゃん。女の子とか男の子とか関係ないでしょ? かわいいものは、かわいいもん。ねー。ナナ?」  チナと呼ばれた女の子の言葉に、ナナと呼ばれた少女はこくこく。と、頷く。  現代の教育の賜物なのか、たまたまそういう方針の先生なのかよくわからないけれど、女子二人は菫が気にしていたことなど全く気にかけていないようだった。菫が小学校の時はとても悩んだ問題なのに、こんなに簡単に片づけられるなんて、少し不思議な感じがする。こんなふうにいつか、鈴との関係とかも、大っぴらに言えるときが来るんだろうか。  くればいいな。  そう。思う。 「じゃあ。すみれおにいさん。わからないことがあったら、手伝ってください。お願いします」  女子に怒られてしゅんとする男子ズを無視して、チナはぺこり。と、頭を下げた。その後に、ナナも続く。 「はい」  菫が答えると、しぶしぶと言った表情で男子3人も頭を下げた。
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