2 昔話とサッカーチーム

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 しかし、ある時一人の女が村の代表者の前に来て、こう言った。 「私があの化け狐を退治してご覧に入れましょう」  最早何の手立てもない村長たちは、力も何もない娘が狐を退治できるはずがないと笑ったが、娘が狐のところに行くのを止めなかった。万が一にも娘が狐を退治するようなこともあるかもしれない。と、一縷の望みをかけたのだそうだ。 「では、狐のところへ行って、娘を一人、嫁に差し出すから、村にはこれ以上悪さをしないでくれ。と、お伝えください。それから、村にあるありったけの酒と食べ物で狐をもてなしてください。狐が油断したところで私がきっと、狐を討って見せましょう。  私が狐を倒したあかつきには私の願いを聞き届けてください」  娘の言葉に従って、酒と食べ物を用意すると、娘は白装束で狐を待った。場所は七里塚の大松林の中だった。狐はその林をねぐらにしていた。  やがて大狐が現れて、娘を見るならギザギザの牙が並ぶ大きな口を開けて、言った。 「お前が貢ぎ物か?」  娘は顔をあげ、頷いた。  その娘ははっとするほどに美しい娘であった。たちまち娘が気に入った狐に娘は自分の顔を隠してこう言った。 「どうか。その恐ろしい牙を私に見せてくださいますな。そうでないと、今にも怖くて死んでしまいそうです」  そう言われて、狐はなるほど。と、人の姿に化けたそうな。 「これでいいか?」  狐が問うと、娘は顔をあげて、こう答えた。 「まあ。恐ろしいことです。その爪では私の手を取ることもできますまい」  そう言われて、狐はなるほど。と、手の爪を引っ込めたそうな。 「これでいいか?」  狐が問うと、娘は狐を見て、こう答えた。 「ありがたき幸せ。それでは、私の夫となられる方のお名前をお聞かせください」  そう言われて、狐は初めて躊躇った。何故なら、名前を呼ばれると化け狐は霊力を失ってしまうからだ。 「それはできぬ」  狐は答えた。すると、娘はさめざめ。と、涙を流し言った。 「私はこれから、あなた様の妻になる身。その私が夫の名を知らぬなど、恥ずかしくて里に顔を見せることもできません。私が信用できぬとおっしゃるなら、このままここで殺してくださいまし」  その言葉に、狐はいたく感じ入って、とうとう、娘に名を教えた。 「わしが名は『黒羽乃介』。黒羽乃介狐じゃ」  名前を聞き出した娘は、そのまま貢ぎ物の酒をたらふく飲ませた上に、牙も爪もなくなった狐の名を呼んで、降参させた。退治してしまえと口々に言う村長たちに、悪戯を悔いて、心を入れ替えると誓った狐を娘は助けた。 「狐を討ったあかつきには、願いを叶えてくださる約束です」  村長がしぶしふ承知すると、助けられた狐はそれ以来、娘に従うようになった。常に巫女となった娘と寄り添い、やがて天寿を全うした娘と共に社に祀られた。  これが、いまの黒羽稲荷になったのである。
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