始まりの日

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  そうしてやってきた18歳の誕生日。   私は父と義母と愛莉に呼び出されて居間の下座に正座していた。 (18歳だし、もしかして縁談の話かしら)  少しの期待で胸がドキドキする。  もし縁談の話なら、この辛い環境から逃げ出すことができるから。  だが話は残酷なものだった。 「お前ももう18歳だ。大人になり扶養の義務がなくなったからお前をここに置いておく必要がなくなった。だから最後に親孝行として人買いにお前を売ることにした。良い値で買われるようにお前にはしばらく肌と髪の手入れをして過ごさせる。もちろん食事もだ。ガリガリの汚い小娘など良い値がつかないからな」 「そんな…家のことは一生懸命しますから、どうかこのまま家においてください」  だがそんな願いも虚しく父ははっきりと告げた。 「お前を見ていると南乃花のことを思い出す。南乃花が多額の支度金など用意しなければ私は最初から花江と結婚していたのに」  そう。父は義母である花江と恋仲だったのだ。  それが公爵の地位が欲しかった母方の祖父母が多額の持参金を持たせる代わりに母を父にとつがせたのだ。  父は仕方なく義母を愛人にして母と婚姻関係を結んだのだが、それは表面上の関係で、父は義母しか眼中になかった。  母は体が弱く、定期的にお医者様にかからないと生きていけない体だったのに、父はそんな母に医者代を割くことを嫌がってどんどん衰弱していく母を見殺しにした。 (お父様がお母様にお医者様をつけてくださっていたら今もきっと存命だったはずなのに…)  それを考えると心がざらざらとやすりにかけられたように苦しくなる。    そんな父だから、血のつながった娘を人買いに売り飛ばそうという発想が浮かんだのだろう。  しかも少しでも値を上げるために私を磨くという。 (どこまでも自分勝手で酷い)  私は絶望しながらこれからしばらく過ごすことになる納戸に幽閉された。  世話役に任命された南雲は私の境遇に腹を立てていた。   「お嬢様。私がお守りしますからここから逃げましょう。このままではどんな扱いをされるかわかりません」  南雲の優しさに私は涙が溢れそうになったが、逃げて捕まってしまったら南雲の命はないだろう。  それはどうしても耐えられなかった。 「南雲はいつも私のことを心配してくれて嬉しい。でも。どうしても甘えることはできないの。貴方に万が一があったら私は自分を許せないから。貴方には平穏に過ごして欲しいの」   本音では嬉しかった。  淡い…淡い気持ちではあったが私は南雲に好意を持っていたから。  だから尚更、南雲を巻き込みたくなかったのだ。 「人買いに売られたら、今の環境からは抜け出せる。これ以上悪化することはないと思うから、南雲は心配しないで」  行った後にホロリと涙がこぼれ落ちる。  南雲はその涙を綺麗な手拭いで拭ってくれた。
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