始まりの日

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 納戸に押し込められてからと言うもの、父は南雲に私の監視と世話をまかせ、辰巳とトメとの接触を禁じた。  この時生まれて初めて私は暖かな食事を味わうことができるようになり、心中複雑だったが、またいつ暖かい食事が味わえるかわからなかったから毎回ありがたくいただいていた。 「お嬢様、あれから1ヶ月。肌艶がよくなりましたね…」  それは私が人買いに売られる日が近いことを意味していた。 「やはり私と一緒に逃げませんか?何があってもお守りしますから」  南雲はここにきてまた改めて私を連れ出してくれると言ってくれた。  ここから逃げ出して、もしも、もしも南雲と所帯を持つことができたらなら、質素ながらも幸せになれるだろう。  私はそれを想像して涙を溜めていった。   「嬉しいわ。南雲。でもダメなの。南雲に何かあったらと思うと…」  そんな会話をしてる時だった。  ガラリと納戸の扉が開き、男と女が入ってきた。 「へえ、随分と上物じゃないかい。しかも公爵家令嬢、オークションに出せばいくらになるか…」  女は私を上から下まで舐め回すように見るとニヤリと笑った。  即座に私の前に南雲が立ちはだかり、背中に隠す。  男はイラついた様子で南雲に手を伸ばした。  しかし南雲はかなりの使い手なのであっさりと男の腕を捻りあげると女に向かって怒号した。 「お嬢さまに何用だ」 怒りをはらんだ声音に一瞬ひるんだが、女は胸を張って言う。 「なあに、この家の主人が娘を売りに出すと言ったから娘を引き取りに来ただけさ。しかしこんな上物だったとはね。金をはずまないと」 「お嬢様はどうなる?」    南雲が言うと女は即座に答える」 「1週間後のオークションに出品するのさ。花街に送るつもりだったけど、この娘ならもっと金を積む者もいるだるうからね。だが下男のお前にそんなこと関係ないだろう」  南雲は悔しそうに肩を震わせていた。 「さあ、その娘をこちらに渡しな」  それでも南雲は私の前から離れない。 (このままでは父に南雲が折檻される…)  私は覚悟を決めると南雲の背をそっと押して女の元に歩み寄った。  その際南雲の顔は見なかった。見るときっと未練が湧いてしまうから。  女は私の腕を掴むとサッサと納戸から私を連れ出す。  廊下では愛莉がニヤニヤ笑いながら私をみていた。 「お姉様、お可哀想に。どうか良いところに売られたらいいわね」  最後に聞く妹の声はたまらなく嫌味でそれがさらに惨めさを増した。  父と義母は姿も見せなかった。  玄関から出るとトメと辰巳が涙を溜めた目で私を見ていた。  何か言いたげな2人だったが女はそんな2人との会話をする時間も与えてはくれなかった。  門を数年ぶりにくぐるとそこは夢にまでみた嘉神家の外だった。  それがまさか人買いに買われて出ることになるとは思いもしなかったけれど、私はそれでも息苦しい嘉神の家から出られたことに心のどこかで安堵している。 「さあ行くよ。オークションまであと1週間。お前には色々と叩き込む事が多いから覚悟しな」  女は私を止めてあった馬車に押し込むと御者に命令して馬車を走らせる。  ふと後ろを見ると南雲とトメと辰巳が馬車を見送っている。    私は今まで耐えてきた涙が溢れてきて止まらなかった。 (3人ともありがとう。貴方たちのおかげで私は幸せだったわ) どうかこの思いが伝わりますようにと願いながら私は覚悟を決め、背筋を伸ばして前を向いた。
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