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切符の端っこに鋏で切れ目を入れる僕を、彼女は呆気にとられたような表情でじっと見つめていた。
「私、切符を買った覚えなんて……」
そう呟く彼女に、僕はいつもの型どおりの説明をする。
「この切符は少し特別なんです。なんでも、必要な人の元に勝手に届くんだとか」
「勝手に?」
「ええ、勝手に。エブリスタウンに伝わる奇跡の一つなんです」
エブリスタウンは、この路線の終点がある街のことだ。僕の出身地でもあるこの街には、いくつもの奇跡に関する言い伝えがある。その中でも、エブリスタウン駅にまつわる奇跡が、この特別な切符なのだ。
「エブリスタウン駅には、普通のプラットホームの他に、この切符でしかたどり着けない特別なプラットホームがあるんです。そのホームは、あなたが必要としていて、かつあなたを必要としている人と出会える場所だと言われています」
何度も繰り返し言って来た説明の台詞は、もうすっかり口に馴染んでいる。でも、お客様にとっては恐らく初めて聞く話だ。慢心してはいけないと、僕は丁寧な口調を心がけ、彼女が質問しやすいようにあえて間を取った。
「私を必要としている人……?」
お客様は、僕の言葉をそのまま繰り返す。
しかし、それから彼女はふっと笑って、首を振ってこう言った。
「じゃあ、きっと何かの間違いだと思います。そんな人、きっと存在しませんから。もし居たとしても、私がその人にしてあげられることなんてありません」
彼女は、どちらかと言えば微笑みに近いのに、実際には暗さの方を多く感じさせる不思議な表情をした。彼女が俯くと、おろした髪がその仄暗い微笑みに被さるようになる。
僕ら車掌の説明には、色々な反応をするお客様がいるけれど、彼女のようなのは少し珍しかった。そんなことありえないと怒られたり、早くこの列車から降ろしてと泣かれたりすることはよくあるけれど、彼女のはそのどちらでもない。全てを諦めたような、寂しい笑顔だ。
僕がかける言葉を決めかねている間に、列車はごとごとと優しい音を立ててホームに入って行った。一見するとなんの変哲もないホームなのだけれど、これがエブリスタウン駅の特別なホームだ。
お客様は憂い気な目線で窓の外を一瞥し、それから僕に聞いた。
「もしその奇跡が本当なら、私を必要とする人がここに現れるってことですか?」
「ええ、もちろん。もう既に待っているはずですよ」
列車はごく静かに停車して、扉がゆっくり開く。お客様は、扉の外に惹かれるように席を立った。
口ではああ言っていたけれど、もしかしたら彼女はまだ期待を捨てきれはしていないのかもしれない。恐る恐るホームへ一歩踏み出す彼女の背中には、もしかしたら、という一縷の希望が浮かんで見えるような気がした。
きっと大丈夫ですよ。
僕は心の中で彼女に語り掛ける。この駅の奇跡は本物だ。僕はそれを知っている。
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