幸せ行きの列車に乗って

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幸せ行きの列車に乗って

 スターライン鉄道の車掌として働き始めて早五年。冬至を過ぎ、少しずつ日が伸びて来たのを感じながら、僕は今日も鋏を手に客車を回る。  この時代にまだこんなことをしているのは、きっとうちの路線くらいだろう。でも、僕はこの仕事が嫌いじゃない。もちろん同僚の中には面倒くさいと言ってデジタル化を唱えるやつもいるけど、残念ながら一向に叶う見込みはなかった。  というのも、この路線にはかなりの頻度で「特別な切符」を持ったお客様が乗って来るからだ。僕ら車掌には、そんなお客様を見つけて、正しい「ホーム」に案内するという仕事があり、切符を一つ一つ切って行く作業はその為に一番効率的な方法だった。  まあ、この作業も五年目になる僕にはもう、切符を見なくてもお客様の雰囲気からなんとなく分かるようになってきたりもするのだけれど。  ほら、例えばあちらのお客様とか。  もう日暮れも近い時間帯なので、車内のお客様の数は少ない。この号車に至ってはたった一人だ。グレーの長いカーディガンを羽織った、若い女性のお客様。車掌としての僕の勘は、一目見た瞬間から彼女が「特別なお客様」だと告げている。僕はすっと息を吸い込んで、制服の襟元を正した。そして、不安げに俯いていた彼女に話しかけた。 「こんにちは。本日はスターライン鉄道をご利用いただきありがとうございます。切符を拝見してもよろしいでしょうか?」    彼女は僕の声にびくっと震える。怯えているような目で僕を見上げて、彼女は消え入りそうな声で答えた。 「ありません。私、列車に乗るつもりなんてなかったんです。それなのに、気付いたらここにいて……」    これも、特別なお客様にはよくあることだ。いつの間にかここにいた。非現実的じゃああるけれど、この列車はちょっと不思議な列車だから仕方がない。  でも、切符を持っていないと言うのはあり得なかった。列車に乗るには切符がいるのだ。例え特別なお客様であっても、それは変わらない。 「きっと持っているはずですよ。その左手を開いてみては?」  僕はそう言って、彼女の左手を指す。膝の上、何かに耐えるようにきつく結ばれたその手は、僕の言葉でゆっくりと開く。 「ほら、あったでしょう?」  にっこり微笑んで、僕は彼女の手から切符を取り上げる。たんぽぽみたいな黄色の切符。紛れもない、特別な切符だ。
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