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お客様に続いて、僕はホームに降り立つ。しかし、そこで僕が目にした景色は、想定していたものとはまるで違った。
彼女は、ホームにたった一人で佇んでいた。
空っぽのホームで、迷子のように頼りなさげな彼女は、先ほど一瞬浮かび上がらせた希望を、もう今度こそ失ったようだった。
「車掌さん」
彼女は僕を振り向いて言った。
「……奇跡にさえ見放されたなら、私はどうすればいいんでしょう。この世界の誰一人私を必要としていないのなら、私がここに存在する意味って、もうないんでしょうか」
彼女の声は震えていた。あの仄かな微笑みすら、もうその顔には浮かんでいなかった。彼女は僕に問いかけているけれど、恐らくその答えを求めてはいない。すぐに彼女は空っぽなホームを見つめて、ひとりごとのように静かに語り出した。
「私、実は一年前までハンドメイド作家としてインターネットで活動していたんです。幼い頃から、ものづくりが大好きで、それを活かせるこの仕事が大好きでした。でも、そんなある日警察から電話がかかって来たんです。私の作ったアクセサリーが、連続殺人の現場で見つかったって」
彼女から飛び出してきた予想外の言葉に、僕は思わず息を呑んだ。大人しそうな彼女には似つかわしくない物騒な言葉。彼女が漂わせていた影の正体はこれだったのだろうか。
「意味分かりませんよね、こんなの。私は、ハンドメイドを通してお客さんに幸せを届けたかったのに。それなのに、どこかの知らない殺人犯は、私の作品を犯行声明として使ったんだそうです。私の作品は全てオリジナルの一点ものですから、複数の殺人現場にそれらが残されていれば、事件が同一犯によるものだっていう証明になります。私の作品は、そんな犯人の身勝手な自己顕示欲のせいで、私が目指していた幸福の象徴ではなく、呪われた忌まわしいものでしかなくなったんです」
堰を切ったように、彼女は一気にそう話した。決して大きな声ではなかったのに、その声は叫びのような悲痛さを持って静かなホームに響いた。
僕には、言葉を返すことが出来なかった。彼女の話の壮絶さも、駅が奇跡を起こさなかったという事実も、僕には受け止めるのに必要な強さが足りなかった。
「……私、本当は少しだけ期待していたんです。もし、世界のどこかにまだ私のハンドメイドを必要としてくれる人がいたらって。ハンドメイド作家としての私が、まだ存在していい理由がどこかにあったなら、って。でも、もう諦めます。これ以上何かを作っても、きっと傷付く人が増えるだけだと思うから」
彼女はそう言って、思い切るように足を踏み出す。
「諦めるきっかけをくれたという意味では、ここに来たのは私にとって必要なことだったのかもしれません。車掌さん、もとの場所に戻るには、また列車に乗ればいいんですか?」
彼女は、停車したままだった列車の扉の前で問いかける。僕が小さく頷くと、彼女は一度礼をしてから列車に乗った。
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