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列車は、警笛の音で出発の合図を鳴らす。
このまま彼女を返して良いのだろうか。そんな疑問が生じても、僕にできることが思いつくわけじゃない。
どうしようもない寂寥感と焦燥感にかられて拳を握り締めたその時、僕はその拳の中に何かの感触があることに気が付いた。
ハッとして拳を開く。するとそこにあったのは幾度となく見て来たあの黄色い特別な切符だった。
「待って下さい!」
僕は慌てて閉まり始めた扉に向かって叫ぶ。驚いたように目を見開く彼女には構わず、僕はその手を取って間一髪で彼女を連れ出した。
駆け込み乗車を警告する用に付けられたブザーが鳴って、列車は出発を取りやめる。
身体を硬直させてこちらを見つめる彼女を見つめて、僕は聞いた。
「あなたは、『Shigure』さんですか?」
鼓動が早くなり、緊張で胸が痛くなる。
もしも彼女がShigureさんなら、この切符の意味が分かる。彼女は、僕が必要としている人だ。そして、彼女が僕にとってそうである以上、彼女にとっての僕もやはりそうなのだ。
「……どうして」
彼女はか細い声でそう呟いた。その問いかけは、ほぼそのまま肯定の意を持っていた。
「そうだったんですね……。そっか、だからいくら探してもあなたのサイトは見つからなくなってしまっていたんだ……」
僕はそう呟いて、制服のロングコートの下に仕舞っていた社員証を取り出す。その紐にかかっているのは、社員証ともう一つ。半分に割ったオレンジがモチーフの、小さなキーチェーンだ。
彼女はそのオレンジを見た瞬間、片手で口元を覆った。
「それって、もしかして……」
「はい。二年前の夏に、ハンドメイド作家のShigureさんから買ったキーチェーンです。確か、別の商品と揃えると一つのオレンジになる仕掛けがありましたよね?」
僕が確認すると、彼女は口元を押さえたままこくりと頷いた。湧き上がってくる喜びに、僕は思わず頬を綻ばす。
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