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会いたい人
ただいま、と声をかけると、彼は驚いて立ち尽くした。
「……二次会まで行ったかと」
「ちょっといろいろあって、帰ってきちゃった」
コートを脱ぎ、イヤリングを外す。手早くシャワーを浴びて、気が付いた。
洗面所に掃除機がかけてある。
2LDKの廊下も居間も、狭くて古いけれど、床は綺麗になっていた。
リビングに戻って、「掃除ありがとう」と私は言った。
「帰ってくるまで手持ち無沙汰だったから……何かしていないと不安で」
ごめんね、と彼はつぶやく。
「同窓会って、君と同じ年の、僕より若い男もいっぱい来るじゃないか。
みっともないってわかってても、心配せずにいられなかったんだ」
しゅん、とうなだれる彼。私の胸の中がちくり、と痛んだ。
(確かに、今日佐藤君と会うまでは私、ぐらついていたけれど。
でも)と脳内で考えたところで、ここからは口に出さなきゃ、と思う。
「私はあなたがいいのよ、丈一郎さん。
同窓会は出たけど、丈一郎さんより素敵な男性はいなかったわ」
「またまたご冗談を」
すかさず彼は後ろを向く。その顔が照れているのを、私は知っている。彼とは付き合いが長いのだから。きっと、これからも。
レンジからチン、と音がして、彼はマグカップを2個取り出した。
「はい」
「――いつもありがとう」
温かいココアは、いつか「ココアを久しぶりに飲んだらよく眠れた」と私が言ってから、冬の日課になっている。
私達はソファに並んで、ニュースを見る。
慣れ親しんだ、居心地の良い空間。狭くて古くて、たまに子供っぽくなる同居人がいて、目新しいことがなくても、やっぱり私はこのままがいい。
ココアを飲みながら、私は考える。
明日は食品の買い物に行こう。帰ってきたら冷蔵庫の残り野菜を細かく刻んで、ベーコンでも買い足して、コンソメで味付けして、ホテルの深みのある味に近いものができたら。
あのスープは本当においしくて、誰よりも丈一郎さんに飲ませたいと思ったから。
ニュースから、CMに入る。そのタイミングで丈一郎さんは私の肩を抱いてきた。
そして私達はいつものように、唇を重ねた。
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