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職質
《職質》
その二文字に良いイメージを持つ人間は少ないだろう。
警察官を取り上げるテレビ番組で見ることはあっても、余程のことがない限り《職質》を食らうことは無い。大多数に溶け込むように暮らす一般人からすれば関わりのない話だ。
この日も、今どき見かけなくなったながしのタクシーのように、パトカーで担当地区の駅前の繁華街を警邏をしている最中だった。
クンッ、と助手席でシートベルトを引く音に緊張が走る。
山本巡査が獲物を決めた合図だ。
「角田、行けるか?」と確認する彼がロックオンした視線の先には、一見どこにでも居そうな若いサラリーマン風の男性が立っていた。
年齢は20代半ばか少し過ぎた頃だろう。
少しくたびれたスーツと、肩から斜めにかけるタイプのカバンを身に付け、携帯を弄りながらしきりにすれ違う人の顔を気にしていた。
その挙動は教科書通りの怪しい人だ…
パトカーを路肩に停めると同時に山本さんが飛び出した。
山本さんにマークされた青年は急に現れた警官の姿に驚いて身を引いた。
「お兄さん、ごめんねー。待ち合わせかな?」
「あ…まぁ、そんな感じです…」
急に警官に声をかけられて驚いたはずだ。
一気に距離を詰めた山本さんは対象に逃げられないようにフットワーク軽く逃げ道を塞いでいた。山本さんは職質のプロだ。簡単に煙に巻く事はできない。
サラリーマン風の青年は制服警官に囲まれて完全に戦意を喪失していた。そもそもそんな好戦的な感じでもない。
背はそれなりにあるが、スーツの上からも分かるぐらい痩せてるから力も弱そうに見えた。
見るからに体力なさそうだし、警官二人を押しのけて往来で逃げるほど大胆でもなさそうだ。
簡単な職質で終わると思ったが、大人しそうな青年は会話には応じてくれたが、持ち物について言及するととたんに態度を硬くした。
まぁ、持ち物の確認に応じてもらえないことは珍しいことじゃないが、そうなると見られて困るようなものがるかと疑われることになる。
「べつに危ないものなんて無いんでしょう?僕たちも安心したいだけだからさ。ちょっと協力してくれないかな?」
「いや…でも…無理ですって」絞り出すようなか細い声だけが彼の精一杯の抵抗だ。酷い顔色で目は泳いでいる。よほど見られたくないものがあるみたいだ。
彼は無意識のうちに左手がスーツのズボンのポケットに触れていた。
それを山本さんは見逃さなかった。
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