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山本さんの目配せに頷いて、さっとパトカーに戻った。
「人目が気になるなら車の中で確認しようか?」と提案する山本さんの声を背中で聞きながら無線機に手を伸ばした。
すぐに現場を統括する司令部に無線が繋がる。現状の報告をすると、すぐに近くの警官へ応援を手配してくれた。
ものの数分で集まったパトカーのネオンのような赤色灯に誘われるように、遠巻きにして野次馬が集まり始めていた。
チラチラと光を反射しているのはスマホのカメラのレンズだろう。
現場に戻ると、あの青年はまだ手荷物の確認に応じてくないようだ。
青年はおどおどした様子だが、警官たちの要求に「困ります」とか「自分のじゃないので」と繰り返していた。
ただ、彼が警官の要求を断り続ける程に怪しさは増してしまう。それに比例するように彼を囲む警官たちの包囲網も厳しいものになっていく。
今までそれなりにこういった現場を見てきた経験から、彼も他の職質を受けた人たち同様に白旗を振るかと思っていた時、不意に野次馬の人垣から女性の声が聞こえてきた。
「…カオルくん?」
その声に振り返ると、そこには野次馬の垣根から一歩前に出た背の高いボーイッシュないで立ちの女性がいた。
さっぱりとした短く切りそろえた黒髪。
化粧っ気は無いが、それが爽やかな印象の彼女には似合っていた。格好いい感じの女性だ。
青年の印象とは対象的な印象の女性の登場に、青年は絶望したような表情を浮かべて俯いた。
「カオルくん!何があったの?」
「すみません。あちらの方とお知り合いですか?」
《カオルくん》を心配して駆け寄ろうとする女性の前に立ちふさがった警官が彼女に訊ねた。
「同僚です。相談があるから一緒にご飯食べに行こうって約束してて…
ねぇ、カオルくん!大丈夫?一体何かあったの?」
「事件とかじゃないです。でも、手荷物の検査をお願いしたら拒否されまして。僕たちも危ないもの持って無いって分かったら安心するので、協力をお願いしているのですが…」
関係者のようだから簡単に状況を説明すると、彼女は気の強そうな目で睨み返すと警官を押しのけて青年に近づこうとした。
「カオルくんに悪いことする度胸なんてあるわけ無いでしょ!ちょっとどいて!あたしが確認するから!」
「え?ちょ!困ります!まだ確認が取れてないので…」
「だから!あたしがカオルくんに訊いてあげるって言ってるでしょ?!」
「あの、失礼ですが、あちらの方とはどういったご関係で?」
「だから、同僚って言ってるでしょ?あたしのほうが先輩!」
確かに見た感じは彼女のほうが年上のように見える。関係者なら彼も説得に応じてくれるかもしれない。
「はぁ、そうですか…ちょっと相談してくるのでこのまま待ってもらえますか?」そう言って彼女をなだめると、山本さんに彼女の事を伝えに向かった。
「か、彼女は関係ないじゃないですか…」と、《カオルくん》は彼女が関わるのを嫌がったが、山本さんの判断で彼女に説得を手伝ってもらうことにした。
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