職質

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視線を外して(うつむ)いたままの青年に歩み寄って、彼女はすぐに《カオルくん》を説得にかかった。 「カオルくん、何やってんの?荷物見せて早く終わらそう?」 「…だって…これ…」 「《だって》とか子供みたいな事言ってないの!カオルくんは社会人でしょ?他の人にも迷惑だし、変な噂立ったら会社にも迷惑かかるでしょう? 別に見せて困るようなものがなかったら出したら良いじゃない?それとも見せられないような物持ってるの?」 彼女、本当に《カオルくん》とは対象的だ。 ハキハキとした口調でサバサバした女性は項垂(うなだ)れたままの青年に容赦ない。 山本さんのほうがまだ言葉は優しいように思えた。 この状況で《カオルくん》はようやく観念したようだ。 彼は泣きそうな顔で手荷物検査に応じた。 カバンもスマホも素直に差し出した彼だったが、肝心の山本さんの目をつけたポケットから物を出すのは最後まで渋った。 山本さんが手を突っ込んでやっと出てきた不審物は押収物を並べる箱に放り込まれた。 彼が必死に守っていたのはビロードのような光沢のある赤い袋だ。中には硬い物が入っている。 ビロードの袋を剥ぎ取ると、中から転がり出たのは赤いツヤツヤしたリンゴの形の可愛い小物入れだ。 「あ…」 中身を検めた山本さんの口から気まずそうな声が漏れる… リンゴの中から産まれたのは、シンプルな作りの指輪だった。 女性と待ち合わせで指輪を持っていたのなら、彼の目的は一つだったろう… なんとなく察した警官たちの間で、なんとも言えない空気が流れた。 結局彼の持ち物からは危険なものも不審なものも何も出てこなかった。 リンゴの形をした指輪のケースの底も念の為確認したが何も出なかった。完全に空振りだ。 「これを隠してたの?」と《カオルくん》に確認すると、彼は項垂れたまま頷いた。 気弱そうな青年はそれを合図についにボロボロと涙を(あふ)れさせた。 そのいたたまれない空気にその場の全員が閉口した。さすがにこれでロマンチックな雰囲気に巻き返すのは難しいだろう… とりあえず、グズグズな泣き顔になってしまった青年に箱ティッシュを差し入れて話を訊くと、彼は重ねたティッシュで顔を拭きながら話をしてくれた。 「だって…マコトさんが…『忘れられないような告白がいい』って言ったから…い、一生懸命…考えて…何度も、何度もシュミレーションして…」 どうやらあの挙動不審な行動はシュミレーション中だったらしい… 携帯を見てたのも、細かに決めていた順序の確認や渾身(こんしん)の告白の台詞などを確認していたとのことで、それだけに《カオルくん》の真剣さが伝わってきた。 それを邪魔してしまったというのは本当に申し訳ない… その場に居合わせたみんなの目から見て、青年の計画は大失敗のように映っていたが、肝心の彼女はそうでなかったみたいだ。 「もー!人騒がせな男だね!」と豪快に笑い飛ばして、《マコトさん》はべそをかいたままの青年の曲がった背を容赦なく叩いた。 「良いよ!こんなん絶対忘れないじゃん!」と目を輝かせる《マコトさん》はかなりの変わり者みたいだ… 山本さんの謝罪を受け入れて、荷物と箱ティッシュを抱えたまま《カオルくん》と《マコトさん》は夜の街に消えた。 集まっていた警官たちもそれぞれのパトカーに乗り込んで解散して行った。しばらくはこの風変わりな事件でもちきりだろう。 全く、今日の出来事は本当に忘れられそうにないな… 山本さんと僕もパトカーに戻ってシートに背を預けると、合わせたわけでもないのに同じようなため息が漏れた。 「…次行くか」 「ですね…」と短いやり取りをしてエンジンをかける。 ウインカーの小気味いいカチカチという音を合図にして、また夜の街のパトロールに戻った。
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