家督を継ぐ

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家督を継ぐ

母方の実家の男子は代々家を継ぐ時には 名前をそっくり受け継ぐと 書いた。 だから、戸籍をサラリと見ても ずっと同じ名前が続くということになる。 もはや、何百年も同じ人物が生きていたかの様に。 とはいえ、 けーちゃんの戸籍を『ほぼ他人』の わたしが取れるわけがない。 最大の謎は依然、けーちゃんの父親は誰?なのだ。 戸籍といえば、 何度か戸籍法の改正で変更されていて、 わたし達が役所で見る「平成改製原戸籍」と違い けーちゃんの父親を追うには 「昭和改製原戸籍」、いわゆる『はら戸籍』とも異名で呼ばれる、雑誌並にある戸籍謄本を見る 必要がある。 いや、下手したら家系図を作るぐらいの勢いで、、 初代まで遡ると完全に江戸時代だから、 いわゆる『寺請制度』における身分上の区別帳 『宗門人別改帳』が今でいう戸籍で、 それがいるのか? たまにドキュメンタリーなんかで あの芸能人の祖先は?! みたいなバラエティなんかでみたりするヤツの 範疇だ。 さすがに そこまで行けやしない。 となると、 今は国に封印されている幻の初代戸籍、 屋敷や家屋を単位して作られた 明治の『壬申戸籍』あたりの話になるだろう。 さて何故『壬申戸籍』が封印されているか? それはとんでもない情報が記されていたから。 戸世帯の全ての氏名は勿論、 戸主との続柄や、婚姻に離婚、養子縁組や離縁 妾なんやらに加えて家業・宗旨の寺に氏神。 驚く事に犯罪、戸主の印鑑に田畑の面積で、 牛馬の頭数まで、あったから驚く。 ちなみに今は絶対にみれない壬申戸籍。 と言いつつ その昔、叔母が家系図を作った際に取った 分厚い戸籍で『それらしい物』を 実は見た事があるのだけれどね。 確かに面積とかなんやらが全部あった。 昔の戸籍ってこんな事まで書くのか?!って 慄いた。 江戸時代までの「家督」が取り入れられた 戸籍法における「戸主」が戸籍に表記され、 戦前までの戸籍は、 「家」を単位にしていた。 戸主には戸主権という権力で 様々なことを決定する権限があり、 扶養する義務も持っていた。 この「家単位」が 親戚まで一つの戸籍の中にいる状態を生む。 だから 伯父さんが戸主なんてことも発生したりする。 現に父方の叔母(島に住んでいた90オーバーの叔母) が取り寄せた古い戸籍謄本は、 バカみたいに名前が並んでいて、 戸主が本家の長男だった気がするのだ。 海辺の民らしく、わたしの祖父亀吉くんは、 途中まで本家の長男の戸籍に居てた。 とにかく! そんなのだから、 母は、けーちゃんが誰の妾子が 本当に分からないと言っていた。 家を単位にする戸籍な上に、 代々受け継ぐ、何代も同じ氏名。 しかも因習深い土地柄だ。 筆下ろしの閨教育の相手がいたり、 それさえも下手打った時の継承問題回避の為、 夜の相手職の人とは あえて無縁にして、 分家筋からの女性で行われるとか犬神家並だ。 乱立する戸籍の名前の中に 誰かしらの妾に本妻にと、壬申戸籍なら とんでもない記載がされていた気が プンプンする。 後に戸籍が改正したのは昭和22年。 だから、 けーちゃんの戸籍は取れなくても 自分達の祖父あたりの戸籍謄本が取れれば、 けーちゃんは誰の子?の ヒントは見つかるかもしれない。
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