親切な手

　いやあ、本当に助かりました。貴方様のようなご親切な方にお声をかけて頂けるなんて、本当に日本もまだまだ捨てたもんじゃないと思います。いえ、大げさじゃなく、本当にそう思いますよ。何しろ御覧のとおり目が不自由なものですから……この耳と白杖を使えば、大抵の所には行ける自信が有るんですが、今回、この駅で降りるのは初めてで、バス停の位置も分かりにくかったんで、思わずうろうろしていたら、ご親切にもお声をかけて頂いて……本当に嬉しかったです。しかも、歩いて行ける近道を知ってるから、手を引いて行ってあげるとまで仰って頂けて、本当に助かります。有難うございます。でも、お時間は大丈夫なんですか？10分もかからない？線路沿いに歩いていけばすぐ？はあ、そうなんですか。わかりました。本当にどうも有難うございます。
　今日は本当に寒いですね。ひょっとして長い時間外を歩いておられたんですか？いえね、お手が、その、かなり冷え込んでいたものですから。はあ、ずっと外回りのお仕事で。やっぱりそうですか。この季節はお辛いでしょうね。寒い中、早くお戻りになりたいでしょうに、付き合わせてしまって、申し訳ございません。お時間、本当に大丈夫ですか。どうもすみません。手が冷たい方は心が温かいなんて言いますが、本当にそうだと思いました。いえいえ、本当ですよ。
　何しろ、ここで降りるのは初めてなもので、この町のことは何も知らないんですが、おかげ様で何となく好感を持ちました。特に目立ったポイントは無くて、静かでのんびりした所ですか。なるほど、そんな雰囲気は感じますね。はい？目立ったポイントは無いけれど、最近噂になってる場所があるんですか。踏切事故が頻発？ええ、それは怖いですね。私にとっては、嫌な話ですね。
　ああ、もうすぐそこですか。ああ、バスの音がしますね。ええ、その停留所で間違いないです。そこで待ち合わせてますんで。ええ、ここから携帯で連絡して迎えに来てもらう手筈です。はい、どうも本当に有難うございました。

「あれ？伯父さん、あたしよ。もう着いちゃったんだ」
「あれ？ああ、茉奈ちゃんか。あれ、もう来てたの？有難う。今親切な人に手を引いてもらってね。ここまで連れてきてもらったんだ」
「……誰？伯父さん一人で歩いて来てたけど」

[了]