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「はじめまして、私はハルコ・ウノと申します」
平静を装いながらこの国の礼儀に則って名乗る。名前を先に、姓名を後に言うのは違和感があった。
「先程はありがとうございます」
「弟が失礼を。感情が昂ると周りが見えなくなる性質なんです」
「ジェラルド様のお兄様とは、アラン様のことだったのですね」
顔も似ていないし、アランの姓名はシヴィル。シヴィル家といえば、国から辺境伯の称号と最南端の土地を与えられた一族のはずだ。鬼の侵攻を防ぐ防波堤の役目を与えられている、と聞いたことがある。
「そ、そのことは場所を変えて話しましょうか」
レオナールが汗を拭きながら提案した。どうやら、このような場所で話して欲しくない内容のようだ。
春子とアランは頷き、場所を移動しようとするが、ただ一人、ジェラルドは嫌がった。
「場所を変える必要はない! 早く、このブスを連れて行け!!」
地団駄を踏み、顔を真っ赤にさせて春子を指差した。どうやら、春子をここに連れてきたのはこのままアランに引き渡すためのようだ。
目を剥くアランとレオナールとは違い、春子は納得した。だから荷物をまとめておけと言っていたのか、と。
「ジェラルド王子、いい加減にしなさい」
アランの叱責に、ジェラルドの怒りは更に増す。ぐっと拳を握りしめ、眉を寄せると相手を射殺さん勢いで睨みつけ、全身を震わせた。
「お前が俺に命令するな。クズが」
「王族としてあるまじき行為を咎めただけです」
「ハッ! 俺のどこが王族としてのあるまじき行為だって?」
「鬼無の姫君に対する暴行、暴言。咎めるには十分では?」
さすがだ、と春子は感心する。ジェラルドがどんなに怒りを露わにさせても、全くもってアランは気にしていない。それどころか軽くあしらって、説教をしている。
(それにしても、あれほど偉そうなジェラルド様が怒りで戦慄く姿はとても愉快ですね。いい気味です)
困ったふりをしつつ、心のなかでは楽しんで二人の会話を聞いているとレオナールが足音を消して春子に近付いてきた。
「姫、こちらに」
ここは危険なので移動しよう、と言われたら残念ながら従うしかない。レオナールは夫の父君。たとえ威厳がなく、息子に侮られていても嫁は義父母に従うものだ。
背後から聞こえる喧嘩声に耳を傾けたくなるのを我慢しつつ、春子はレオナールの跡を追って大広間を後にした。
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