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防音性に優れているのか扉を閉めた途端、喧嘩の声はぴたりと止んだ。
(本当に残念です)
つい、ため息をこぼすとレオナールの耳にも届いたようで真っ青な顔で頭を下げられた。
「姫、その、息子が失礼を……。姫は不細工では、えっと」
「いえ、私は気にしてはいませんわ」
最初はあの言動に腹を立てていたが、アランのおかげで今は胸がすく思いだ。気にしてることといえば、もっとあの兄弟喧嘩をそばで見ていたかった。
「レオナール様が前に言っていた辺境で暮らす王子様ってあのお方だったんですね」
「あ、いえ……。いえ、アランも、私の息子です。けれど、王子ではありません」
一瞬だがレオナールの顔が曇った。ぼそぼそと小さな声で言葉を紡ぎはじめる。
「私がまだ王太子であった頃、シヴィル辺境伯の娘と恋仲になりまして、その時、生まれたのがあの子です」
「ヴィルドールでは、北の方——えっと、奥様以外の女性との間に生まれた子は母親の身分を継ぐと聞きました。だからアラン様はシヴィルを名乗っているのですね」
「ええ、そうです。……本当なら、結婚するはずだったのですが、父が、前の国王が許してくれなくて。あの子にはいつも迷惑をかけています」
「いつも迷惑ですか……。ジェラルド様は私の夫になると言っていました」
びくり、とレオナールの肩が跳ね上がる。額からはだらだらと汗が吹き出し、滝のように頬や顎を流れて、衣服にシミを作る。
その反応で、春子の再婚話はジェラルドの独り決めではなく、レオナールも噛んでいると分かった。
「今日、アラン様がお越しになられたのは私を迎えにきたためだと」
春子が喋るたびにレオナールの顔色は徐々に青から白へと変わっていく。息継ぎも忘れているのか先程から呼吸も止まっている。図星を指されたからなのは一目瞭然なので、春子は気付いていない無垢なふりをすることにした。
「シヴィル領はどんなところですか?」
は? とレオナールは顔を上げると目を大きく見開いた。忘れていた呼吸も思い出したようで、ゆっくりとだが息を吸って吐く動作を何回か繰り返すと「今、なんて?」と聞き返されたので一字一句、同じ言葉を口にした。
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