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「自然が豊かで、民も穏やかな者が多いです。魔獣はよく出現しますが」
魔獣という言葉にレオナールは渋面を作る。きっと、春子に聞かれたくない言葉だったのだろう。
「魔獣とは鬼のことですよね?」
「ええ、鬼無でいう鬼に該当します」
「楽しみですね。鬼はご先祖様が全て倒しっちゃったので見たことがないんです」
春子が両手を合わせて微笑めば、レオナールはあんぐりと口を開けた。その目には「何いってんだ。この女」と書かれていた。
噂に聞くと鬼はとても恐ろしい存在のようなので、春子の言葉は不適切だった。実際に多くの被害がでているのに楽しみと言われたら不愉快に思われても仕方がない。
「お父様から鬼の生態を調べろと言われたので、現地に行けるなんてありがたいですわ」
嘘だ。父親からは絶対に大人しくしていろ。他の将軍家の姫君を見習え、と何度も言い聞かせられた。ヴィルドールの目的が鬼を根絶やしにするためでも、春子には関係ないから余計なことはするな、としつこいぐらい。
「聞けば、四方の守り手の方々が鬼の侵入を防いでいるとか」
「ええ、ええ! 特にシヴィル領は魔獣が数多く攻め入る土地です」
「それは早く対処しなければ……。その地に暮らす民も不安でしょうに」
取り繕うように言えば、レオナールは安心した様子を浮かべた。春子がシヴィル領へ行くのを嫌がっていないのと、鬼無の武力を借りれることに不安より安心が勝ったようだ。
(まあ、鬼無の武力を借りれるかは分かりませんけれど)
春子を溺愛する三人の兄は妹が暮らす国を平和にするため援軍を寄越す気でいたが、父はあまり気乗りしていなかった。他の十二将軍家と同じように他国と必要以上の友好は築くべきではないと考えている。
卯野家の家督が父である以上、春子がお願いしても武力は借りれないだろう。
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