シヴィル領

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「まさか、こんなに早く戻ってくるとは思いませんでした」  頭痛がするのかローレンスは眉間を揉みながら呟いた。  いつもより艶の少ない金髪と碧瞳(へきがん)から彼の疲労具合を読み取ったアランは留守の間に溜まった書類をさばきながら謝罪する。疲れきった腹心を休ませてあげたいが、もう夜は更け、欠けた月が天上に座る頃となっても書類の山は減らない。それどころかローレンスが次から次へと追加を持ってくるので増える一方だ。  終わりが見えないことに(くじ)けそうになるが、帰城するのが本来の通りだったらこれが二倍になっていた。そう考えると重たくても筆を動かす動力となる。 「ジェラルドが早く連れて行けというからな。父もあれ以上、姫を置いておきたくない様子だった。連れ帰るのが賢明だ」 「だからってもっとゆっくり馬車で戻るとかやりようがあったでしょう! お陰様で私はここ一週間、まともに眠っていません」  アランの帰城の旨を伝える早馬が到着してからローレンスは動きっぱなしだった。小さいとはいえ、この城を一人で掃除するとなれば時間はたっぷりと必要。見かねた領民が手助けしてくれたため、姫の目に映る箇所の掃除は完璧に仕上げることができたが、掃除以外にもローレンスの仕事は庭の手入れや帳簿など多岐にわたる。  少しでも不備があれば、あの馬鹿王子は適当な理由をつけてローレンスに暇を言い渡すはずだ。馬鹿王子はアランに嫌がらせをすることを生きがいにしている。  だからこそ、ローレンスは完璧に振る舞わなければならない。アランの補佐をするために。阿呆が口出しできないように。 「姫が平気だっていうから」  あまりの剣幕に尻すぼみながらアランは言った。アランだって姫の健康を慮り、通常は一ヶ月かかる道をその倍の時間をかけて戻ってくる気だった。  だが、蓋を開けてみれば姫はとてつもなく頑丈だった。  普通の人間なら三日もすれば全身筋肉痛になるはずなのに姫は悠々自適に馬車生活を楽しんでいたように思う。ヴェールで表情は読めないが馬車から見える光景や動物に興味が湧けば、すぐにアランにあれはなに? これはなに? と聞いてきた。口数が少ないが好奇心は旺盛らしく、ほんの些細(ささい)なことでも興味を示した。 「さすがの鬼無人でもほぼ一月も馬車にいたら疲れるみたいだな」
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