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シヴィル領に到着直後、姫が疲れを訴えた時、少し安心してしまった。あの鬼無人でも疲れるのだと。
「やはり、女の子だから体力がないんだろうか」
鎖国国家である彼の国は、自国の内政を他国に洩らすことを良しとせず、各国が同盟を結ぶために使節を送っても孤島しか立ち入ることを許さなかった。
そのため、超越した身体能力を持つとされる鬼無人と深く交流することはできない。彼らの身体能力が世界各国にまで伝わったのは鬼神を全て討伐したのと、孤島で彼らが百キロはゆうにある大砲や大岩を軽々と持ち上げる姿が目撃されたからだ。
「……いや、城じゃ理不尽な目に合わされていたようだし、気疲れもあるのだろう」
「例の顔隠しですか?」
「醜い顔を見せるな、と言われたそうだ」
ローレンスは顔を顰めた。
「あとは部屋からでてくるな、とも言われたらしい」
「あの馬鹿王子は、ヴィルドールが長年かけて結んだ縁を何だと……」
「姫が優しい娘でよかったな。俺が姫の立場なら国に訴えて今頃、戦争してた」
戦争という単語にローレンスは顔を青くさせる。鬼無国の武力は未知数だが、鬼神をも倒せるのだからヴィルドールは赤子の手をひねるようなものだ。
「戦争が回避できて、本当に良かった」
「まだ回避できたわけじゃないぞ」
アランの言葉にローレンスは遠い目をする。姫は自分が死んだことになっていると思っている。実際は体調を崩し、シヴィル領へ養生へ赴いていることになっているとは知らない。
半年に一度、訪れる鬼無国の使節団と対面する前に事実を伝えなければならないのだが、どれほど心優しく賢い娘でも自身の現状を知れば悲しむに違いない。祖国に訴えるだろう。
「そうでした。騙された姫が傷付き、国に訴えれば終わりますね……」
んー、とアランは小さく唸ると後頭部に手を添えて、椅子にもたれかかる。
「でも、姫は自分に何があっても攻めてこないと言っていたな」
「いやいや、それは姫の勘違いですよ! 鬼無王と三人の兄君は、たいそう姫を可愛がっていたとか。――アラン様、筆を動かしてください」
こんこん、と机を叩いて書類を片付けろとローレンスは訴えた。改めて見れば山は高く聳えており、アランはうざったそうな顔をする。
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