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「……あんた、その顔で姫と接してはないでしょうね?」
「慣れない一人称使って、お前のように物腰の柔らかい男を演じたさ」
アランは見た目と同様、粗暴な男だ。こうして机と向かい合い書類仕事をするよりも、剣を手に馬を走らせることのほうが好きだ。魔獣討伐もそこまで嫌ではない。
そんなアランも時と場所によって振る舞いを変えるぐらいはできる。姫を迎えに行った時、ジェラルドに虐げられているのは知っていたので正反対の優男を演じてみせた。一番身近にローレンスという、その好青年っぷりから老若男女に好かれるお手本がいたので難なく演じれた。姫は心落ち着いた様子だったので手応えはあったと思う。
「それならいいんですけれど……」
疑り深い腹心は、じとっとした目でアランを見つめる。
「それにしても本当に夕飯は大丈夫なんですか? せめて飲み物でも持っていくのは」
「平気って言ってたし、大丈夫だろ。厨房とかの場所は教えたし。なにかあればお前を頼れと伝えてある」
――ゴンッ。
アランとローレンスは顔を見合わせると首を傾げた。バルコニーの方から確かに音がした。まるで何かがぶつかったような大きな音だ。
「鳥か?」
近くの森に生息するフクロウだろうか、アランはうきうきした面持ちでバルコニーへと続く窓を開けて、身を乗り出す。ほんの少しでも書類仕事から離れれるのは嬉しい。
そんな主人の心中を察したローレンスは両目を細めた。嗜めたいがあの馬鹿王子と馬鹿王の尻拭いに奔走し、一ヶ月もの間、姫のために優男を演じたので多少は目を瞑ろうと思った。
「鳥でしたか?」
「いいや。何もいない。……ん?」
アランは自らの足元に広がる赤土の存在に気がついた。色合いからこの城を構成する煉瓦だ。高所から落ちて来たのか見事なほどに粉々に大破している。
「壁が崩れたみたいだな。煉瓦が落ちてる」
「煉瓦が? 職人に修理を依頼しておきますね」
「ああ、あと領民に城に近づかないようにも言っておいてくれ。なにぶん、古い城だ。ここ以外にも壊れかけている箇所があるだろう」
姫には俺から伝えておくよ、とローレンスに伝えながらアランは机へと戻っていく。
――その時、コツンという物音が聞こえた。
振り返ったアランの目の前にはなんの変哲もない、深い闇が広がるのみであった。
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