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「大変だ!! 聞いてくれ!!」
バン!! と大きな音をたてて扉が開け放たれた。廊下を駆けてくる足音が聞こえていたので、嫌な予感がしたローレンスが扉から離れてすぐだった。
肩付近を扉が掠り、小さな痛みが走り、無意識に顔を歪める。痛みと驚きで歪めたつもりだったのだが、アランは廊下を走ったことを咎められると思ったようだ。
「大変なんだ! 走ったのは行儀悪かったが、話を聞いてくれたら俺の焦りも分かってくれると思う!!」
「自分で意味不明なこと言ってる自覚あります? とりあえず、そこの台に料理乗せてあるのでご自分で運んでください」
痛む肩を擦りながらローレンスは冷めた目で主人を一瞥した。調理道具を手際よく片付けながら、台車をもっていくように命じる。本来ならローレンス自身が挨拶を兼ねて持っていった方がいいのだが、降り積もった仕事が終わったのは朝方。そこから朝食の準備を行えば、仮眠などとれるわけがない。寝不足と苛立ちが混じる形相で姫とあえば、間違いなく第一印象は最低最悪だ。
なのでこの後、仮眠をとり、昼頃に挨拶に伺うつもりだった。早くでていって欲しい、と思いつつアランの言葉の先を待つ。
「姫が髪を切った。ばっさりと。地面まであったのに。肩下まで」
二人の間に硝子が砕ける音が響く。音を立てたのはローレンスの手にあったボウルである。就任と同時に買い揃え、手入をかかさず大切にしてきたそれは今はもう原型を留めていない。細やかな破片となり、差し込む陽光ききらきらと輝きを放っている。
ローレンスは大切なボウルが砕け散ったことに一瞬だけ意識を奪われるが、優秀な頭脳はアランの言葉を繰り返した。単語のみで紡がれているが前後を入れ替えて繋げると「下ろせば地面まであったはずの姫の髪が肩下までの長さとなっている」だ。
鬼無国は長年、鎖国体制を強いて他国と必要以上に馴れ合わなかったため、その文化や常識は独自のものが多い。アランが姫を娶ることが決まって直ぐにローレンスは鬼無国についての情報を集めた。
その一つに「髪は女の命である。女性は長く艷やかな髪を美しく保つため、手入を欠かさない」と書かれていた。その言葉はすぐアランに伝えた。長くて暑苦しいからと気軽に散髪を進めるな。鬼無の女性にとっては命同様なのだから褒め称えろ、と。
「あんた、姫になにを言ったんだ!」
「俺じゃない!!」
免罪だと言いたげにアランは両手を上げた。
「あんたしかいないだろ! 到着した翌日に切るなんて、ここに来るときに何をしでかした!?」
普段の温厚さは皆無な形相でアランに詰め寄る。これは自分のキャラではないと自覚はあるが、ローレンスは怒りを優先させた。
「姫が髪をばっさり切るなんて、命を削るものですよ!」
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