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「それも鬼無の姫に向かって醜いとは……」
頭痛がする。あの弟のことだ。真正面で本人に言った可能性が高い。
鬼無国と聞いたローレンスが顔を真っ青にさせた。
「鬼無国が攻め入るようなことにはならないのでしょうか?」
震えた声に「どうだかな」と投げやりに返事を返す。
「その鬼無の姫が国に訴えれば、たちまちヴィクトールは潰されてしまうだろう」
「あのくそ餓鬼、本当に……」
ローレンスが歯を食いしばる。王子に向かってくそ餓鬼呼びは不敬罪に当たるがアランも同じ気持ちなので指摘しないでおいた。逆にもっと言ってやれとも思う。
「ジェラルドは鬼無国との同盟が何を意味するか分かっていないんだろう」
アランはため息を吐いた。遥か東方に位置する孤高の島国、鬼無国。その国名が関する通り、この世界では珍しい魔獣が生存しない唯一の国だ。
魔獣とは鬼神と呼ばれる高等種族が作り出す獣である。獣の肉体に鬼神の血肉が混ざることで生まれると考えられており、その強さは人智を超えていた。幼獣一体を討伐するのに鍛え抜かれた兵士百人が必要とされている。
その魔獣——しかも、通常なら三百人は必要な成獣相手に鬼無国の人間はたった一人で圧倒的勝利を納めると言われている。
「鬼無国は六百年も鎖国し、他国と触れ合うことを拒んでいた。此度の婚姻は五代ヴィルドール国王から鬼無に使節を送った末に決まったものだ。それを台無しにするなど、しかも国の存命に関わることを……!」
「あの時は世界各国が驚きましたね。彼の国と同盟を結びたい国は多かったけれど、どの国も断られていましたし」
「なぜ、今になって鬼無がヴィクトールと同盟を結ぼうと思ったのかは謎だが、彼の国と懇意にすることは後々、ヴィクトールの為になるはずなのに」
自分達では魔獣の侵攻を防げても、根絶やしにすることは叶わない。どれほど魔獣を退けようが、それを作り出す鬼神を退治しなければ本当の平穏は訪れない。
だが、鬼無の力があれば可能だ。彼らの力を借りて、この地に巣食う鬼神を退治する。
そのために鬼無国と同盟を結びたい国は星の数ほどいる。ヴィルドールもその例に漏れず、長年かけて彼の国にアプローチをし、ついに末姫を王家に迎え入れることができた。というのに、
「噂では、その姫は物静かで穏やかな性格をしているらしい。ヴィルドール語も堪能の才女——きっと、自分の行動がもたらす結果を理解しているんだろう。それが唯一の救いだな」
辺境ではあるが開戦の知らせが届いていないことにアランは胸を撫で下ろす。きっと、件の末姫の境遇が鬼無国に届いていないからだろう。
「どういたします? アラン様」
「……恐らくだが、もう一通は父からだ。それを見て考えても遅くはない」
封を開けていない封筒をはためかせ、存在をアピールさせる。
「父は鬼無国との同盟を結びたがっていた。ジェラルドは俺に姫を寄こすと言っていたが、父が許すとは思えない。何か策があるはずだ」
「失礼ながら、国王は腑抜けでいらっしゃいますのでその線は薄いかと」
「……息子一人、制御できないお方だからな」
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