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棘と毒に塗れた言葉を否定したいが、まったくもってその通りなのでアランは言葉を濁すだけにとどめた。父が確固たる信念を持っているならアランは王太子として、あの城で生活を営んでいた。母も愛人などと陰口を叩かれることはなかった。弟があのような根性が捻じ曲がった青年に成長することはなかったのだから。
「魔獣討伐より気が重いな……」
ペッパーナイフで封を切る。紙が裂ける音が嫌に大きく聞こえた。
手紙を取り出し、重要と思わしき内容を読み込めば先程より、気分は幾分か軽くなった。
「——どのみち、俺はその末姫を嫁に貰わなければならないようだ」
手紙はアランの体調を慮る文から始まり、末姫とジェラルドの初夜の出来事が綴られている。こちらからの懇願で降嫁してもらったのに、末姫を侮辱した言動をとり、あまつさえその手をはたき落とす暴行を働いたとなれば鬼無国は攻め入るはずだ。鬼無王は末姫をたいそう溺愛している。
なので、鬼無国には長旅での疲れを癒すため、自然豊かなシヴィル領へ養生の意味を込めて末姫を送ったと伝えた。
だが、末姫は鬼無国には自分の死が伝わっていると思っている。従者はみんな帰国しているため末姫は、簡単に祖国と連絡がとれない。友好の証に半年に一度、お互いの使者を行き交う予定である。次の使者が訪れるその時までに姫の心の傷をアランが癒してくれ。
——つまり、要約すると「姫をアランに惚れさせてどうにか戦を回避して!」と書かれている。まったくもって、他人任せの手紙である。
「姫に同情する」
喉奥から言葉を絞り出す。遠い異国から嫁いできたのに畜生よりひどい扱いを受けるなど、同情以外に抱く感情はない。
「ローレンス。俺は一度、城に帰る。その間、姫の部屋を用意してくれ。あの南の部屋がいいだろう」
日当たりが良く、窓から見える光景はきっと姫の心を癒してくれるに違いない。
「承知いたしました。家具などは私の独断で用意しますがよろしいでしょうか?」
「ああ、そうしてくれ。姫のためなら父も金を惜しまないはずだ。あと、姫が足り入りそうな場所だけでいいから、できる限りこの屋敷を綺麗にしてくれ」
アランの脳裏に夫からの暴言に涙する少女が浮かぶ。面を伏せて、しくしくと悲しむ子供と今は亡き母の姿を重ね合わせた。
(必ず、幸せにする)
もう二度と母のように悲しむ人を見たくない。一回り以上、歳は離れているし、アランの顔には大きな傷跡がある。気持ち悪いと罵られようが、恐ろしいと泣かれようが、アランは姫のためにつくすと心に誓った。
……この時、アランは知る由もなかった。件の姫が決して物静かで、おしとやかではない。その正反対の人物ということに。
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