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新しい夫
贅沢にも大きな玻璃を加工して作られた窓が珍しく、寝台に横たわり無心で眺めていると子供の無邪気な笑い声が春子の耳をくすぐった。どこの国でも子供の声は変わらないものだ。楽しげな声に呼ばれ、窓の外を眺めると玻璃の向こうには色鮮やかな光景が広がっていた。自然豊かで木造建築が主流の鬼無国は、どこを見ても深い緑と茶色だけの光景だったが、この国は煉瓦と呼ばれる土や石を積んで作られているので建物の色は様々だ。春子が身を置く王宮は白亜の美しい御殿だが街中は赤や茶色、黒といった色の土で作られている。
さて、声はどこからしたのだろうか。
入り組んだ街を見下ろせば、対象はすぐに見つかった。十代の少年が明るい髪をふわふわと動かしながら往来を走っている。髪の間から覗く表情は好奇心に満ちており、春子は少し興味がわいた。少年の走る方角を見ると街の人々が集まっているのが見えた。
(お祭りかしら?)
鬼無国でも祭りが開かれる際はこうして賑わっていたのを思い出す。
異国の祭りというものに興味があり、窓を開けると春子は身を乗り出した。目を細めると人だかりの中央に豪奢な馬車が見えた。どうやら、人々が集まっているのはお祭りではなく、その馬車を出迎えるためのようだ。
祭りではないことに残念、と思いつつ春子は馬車を観察することにした。漆黒に彩られたその馬車の隣には憲兵が大きな旗を持って付き添っている。その旗には翼を広げた龍とその背後に二つ剣が交わっている意匠が描かれており、春子は目を丸くさせた。
その意匠は王家の家紋だ。
つまり、馬車の中にいる人物は王族か、それに縁のある人物ということになる。
(初夜を拒否されたし、私はまだ王家の一員ではないということね)
本来ならば王太子妃である春子にも一言ぐらい相談があってもいいものだ。
なのに、相談はおろか小耳にすら挟むことない。箝口令でも発令されているのだろうか。
悩ましげに息をつくと、廊下から複数の足音が聞こえた。特に大きく、威嚇するような足取りはあの人しかいないため、春子は思いっきり嫌な顔をした。
(また今日も私を馬鹿にしにきたのだわ)
足音が扉の前で止まる。春子は急いで表情を改めた。このまま嫌な顔で出迎えてやりたいが、そんなことをすればきっとまた暴言が飛んでくるのは目に見えていた。
「自殺か? そんな見た目だ。悲観的になるのも無理はない」
扉を開けて早々、言い放たれた言葉は春子の身をあんじているようでまったくもって違う。毒に塗れた言葉に内心、苛立ちを覚えたが春子は気づかないふりをしてにっこりと口元に笑みを浮かべてみせた。
「なにやら街が賑やかで、どうしたのか気になったのでございます」
ジェラルドは、ふんっと鼻で大きく笑った。この国の基準では、とてつもなく整っているらしい美貌にはありありと侮蔑が滲んでいる。
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