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藍流と流風の看病のおかげで三日後には熱が下がってだるさもなくなった。明日からはバイトに行けそうだ。
でもバレンタインはすぎてしまった。今年はバレンタインなしにはなったけれど、十代最後のバレンタインがこんなふうに終わってしまうなんてやはりショックだ。
藍流が夕飯を作っているのをじっと見る。流風ももうすぐ帰ってくる。せめて今からでもなにかできないかな、と考えるけれど浮かばない。
「ただいま」
「おかえり、流風」
「もう夕飯できるよ」
荷物を置いて手を洗ってきた流風もテーブルについて、三人で食事を始める。今日は豚汁に銀鱈の西京焼き。ほうれん草の白和えもおいしい。
「片づけ手伝うよ」
「奏は座ってて。俺と藍流でやるから」
「……わかった」
せめてテーブルを拭くくらいは、と布巾を手に取るけど、すぐ終わってしまった。食器がかちゃかちゃあたる音がして、流水音が止まった。ふたりが洗い物を終え、また椅子に座る。
「奏も座って」
なんだろうと思いながら流風に言われたとおりに椅子に座る。二対一で向かい合った状態で、どうしたのかな、とふたりを見る。
「これ」
「俺と藍流から」
すっとテーブルに載せられたのは、見覚えのある包装紙に包まれた箱。これはチョコだ。しかも、俺が初めてふたりにあげたものと同じ。
「バレンタインはなしなんじゃ……」
「奏のバレンタインはなしだけど、俺と藍流のバレンタインはあるの」
「風邪がよくなるまで延期してただけ」
愛おしい人達と、思い出のチョコ。交互に見たら視界が涙でゆらゆらしてくる。
「……ふたりとも覚えてるの? 俺が初めてあげたチョコ」
「奏とのことで忘れることなんてひとつもないよ」
藍流が微笑みながらチョコを差し出すので、ゆっくり手を伸ばして受け取る。ぽつり、と涙がひと粒零れた。
「でも、ちょっと中身が変わったみたいなんだ。まったく同じじゃないのが残念だけど、それでも俺と藍流の気持ちはたくさんこもってるから」
流風まで涙腺がさらに緩むことを言うので、チョコの箱をきゅっと胸に抱く。好きだよ、好きだよ……たくさんの「好き」が聞こえてくる。
「うん……すごく気持ちがこもってるの、わかる」
こんなサプライズがあるなんて思わなかった。もったいないから大切に食べよう。
俺もふたりにチョコを贈りたかった。風邪でなしになってしまうなんてやはり寂しい。
「……俺も藍流と流風にチョコあげたかったな」
風邪なんてひかなければちゃんとチョコを贈れたのに。でも風邪をひいたから、ふたりとの絆が深まった。だから悪いことばかりではない。
「じゃあ今度三人でデザート作りしようか」
「!」
藍流の提案にぱっと心に光が灯った気がした。
「それなら寂しくない?」
思わず自分の頬に触れてしまう。寂しく感じたのが顔に出ていたのだ。
「ありがとう、藍流、流風」
ふたりの気持ちに応える、甘いデザートを作りたい。
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