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『会って話したい。マモちゃんちの近くの防波堤にいるから来て』  その日の放課後久々にメールを送って、スマホの画面を閉じた。今日塾は休みで、マモちゃんが家にいることは亜美経由で確認済みだ。  私は防波堤に座って、海すれすれに浮かぶ夕陽を見ていた。夕陽は柔らかな橙色とグレーの雲に見え隠れして、ハッキリとした輪郭を持たない。何度も何度もここでマモちゃんとなんでもない話をした。思い出そうとするのに、そのどれもが近いようでいて遠い。 「急にどうしたの」  マモちゃんが走ってきた。Tシャツにハーフパンツというラフな格好で。あんなに会いたかったはずなのに、いざ二人きりになるとやっぱり何も言わずに帰ってしまいたくなる。茂木ちゃんを抱きしめた温もりを思い出して自分を励まし、私は口を開いた。 「あのさ。マモちゃん。ずっと逃げ回ってごめんね」 「……」 「私、マモちゃんのことが好き。なのに、マモちゃんが東京に行くかもって知ったとき、応援するって言ったくせに、心の中では応援、できてなかった。ずっと一緒にいてくれたらって、思っちゃった」 「うん」 「マモちゃんの塾が終わるの待ってたとき、マモちゃん、知らない女の子と出てきたでしょ……仲良さそうで嫌だった」 「……うん」 「マモちゃん、あの子のこと好きなんじゃないかって思ったけど、違う?」 「……あの時は、意識してなかったと思うけど……ごめん。今は……」  やっぱり。裏切り者!私と付き合ってたくせに!勉強が大変だからって遠慮してたのに!どうして!どうして……!  浮かんでくる酷い言葉を打ち消そうとぎゅっと目を閉じたら、橙色の夕陽が瞼の裏に貼り付いた。  わかってる。マモちゃんのせいだけじゃないこと。私がもっと素直にいろんなことを言えていたら、自分のことばかりじゃなくてマモちゃんのことを大切に思えていたら――。  潮風を受けて、セーラー服の襟が私の首をくすぐる。私はさっきリップを塗り直したばかりの唇にくっついた髪を片手でよけながら、いち、に、さん。心の中で数える。そっと目を開けて、一息に言った。私がマモちゃんのためにできる、最後のこと。 「別れよう」  彼が来るまでに何度も練習した言葉。  隣で俯いていた彼が、私の横顔に目を向けたのがわかる。私は彼のほうを見ない。見たら決心が揺らいでしまいそうだから。酷いことを言って、すがって、苦しめてしまいそうだから。 「ひかり……あの」 「受験頑張って。じゃあね」  ごめん、と言いそうなマモちゃんの言葉を遮って立ち上がった。振り返らずに防波堤沿いを歩く。引き留めて欲しいと願う自分さえ置き去りにするみたいに。  校舎から眺めるこの海は陽の光に煌めいて美しく見えるのに、すぐそばで見ると青いどころか深緑色に濁ってどす黒く見える。お世辞にも、綺麗なんて言えない。私の不甲斐なさも、マモちゃんへの独りよがりだった想いも、遠くから眺めたら美しかったりするんだろうか。  あてもなく歩きながら、マモちゃんに会いたいと思う。  私のことを好きだった、出会ったころのマモちゃん。片方の頬だけに浮かぶえくぼ。  もうこの世界のどこにもいない、私の好きなマモちゃんに。  結局最後まで渡せなかったお守りを、手のひらで転がす。『合格』の文字が、私の選択を肯定するみたいに思えて泣けてきた。茂木ちゃんほど「あ~スッキリした」とは思えないけど、っていうかめちゃくちゃつらいけど。学校でばったり会って「俺と別れてへこんでる」なんて思われたくないから、明日からは――。  『吹っ切れた私』で、あなたに会いたい。 <了>
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