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それからすぐ、一年生だけの学校行事で宿泊学習があった。山道を歩いたり飯盒すいさんをしたり、決して楽じゃないんだけど、友達や好きな人、気になる人と泊りがけで同じ空間にいられるというので、誰もかれもが浮足立っているのがわかる。私は中野くんとアイコンタクトを交わす亜美を微笑ましく見ながら、中野くんの奥にいる遠野くんの姿を視界の端に見ていた。
夕方の自由時間になって、私たち女子五人部屋に、中野くんと遠野くんが来た。中野くんが亜美のことを好きだというのは周知の事実だったから、私たち女子はきゃあきゃあ言いながら亜美の背中を押す。
「ちょっと! ちょっと待ってよぉ~」
困ったようにこちらを振り返る亜美だけど、亜美の気持ちを知っている私は、亜美に向かって笑顔でこぶしを握った。頑張れ!絶対大丈夫!
亜美が潤んだ目で小さく頷き、私も頷き返す。ふわふわとした高揚感のまま亜美のポニーテールを見送っていたら、その横から私に手招きする遠野くんが見えた。他のみんなは各々ベッドに戻っていたので、私が代表して入り口まで行く。
「もしかして茂木ちゃん?」
かれこれさっきから、同部屋の茂木ちゃんを指名する男子が後を絶たない。茂木ちゃんは入学早々十人以上から告白されているモテ女子であり、大学生の彼氏がいる。いくら告白しても厳しいと思う。それに。遠野くんまで茂木ちゃんなの、とショックを受けている自分もいて、フクザツな気分だった。
「違う違う。吉田さん」
え?私?
遠野くんが、硬直する私の手首を掴んでぐんぐん引っ張って行く。
「キャー! 遠野ってひかりのこと好きなの!? マジ!?」
茂木ちゃんたちの黄色い歓声が、閉まるドアの音とともに消えた。
「あの。急に、ごめん」
「ううん……」
「俺、吉田さんのこと気になってるんだ。もしよかったら、付き合ってほしい」
夕陽に半分だけ照らされた遠野くんの顔は至って真剣で、目が合うだけで息ができなくなりそうなくらいドキドキする。胸がいっぱいで、なかなか言葉が出てこない。答えは決まっている。私は首を縦に振って頷いた。
「ほんと!? ありがとう!」
遠野くんが笑って手を出した。おずおずと差し出した私の右手が、彼の両手にがっしりと包まれる。遠野くんの手は大きくて、あったかかった。
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