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 学校帰り、遠野くんと一緒に帰ることになった。 「吉田さん、こっち」  遠野くんの家は駅を過ぎた海岸沿いにあるらしく、この辺の地理にも詳しい。駅までの下り坂をまっすぐ下ると他の生徒がたくさんいるから、ちょっと遠回りしながら小道を歩こうという提案に、私も二つ返事で了承した。カップルは珍しくないけど、知り合いに見られるとちょっと気恥ずかしい。 帰り道、二人で並んで歩くのは緊張した。 「手、繋いでもいいかな?」  生え際に癖のある襟足に手をやりながら、横顔の彼が左手を差し出した。照れた仕草が可愛くて、私まで照れてしまう。 「うん」  手汗かいてないかな、とちょっと不安になったけど、湿った手はお互い様だった。昔々殿様が通っていた道だという小道を、言葉少なにただ一緒に歩く。両脇にある背の高い木々のアーチが、夏の日差しを遮る。木々の影の隙間に陽の光が模様を作り、ぬるい風が吹いてはきらきらと揺れた。 「あのさ」 「なに?」 「ひかりって呼んでもいい?」 「いいよ。じゃあ私、なんて呼ぼうかな」 「なんでもいいよ。守くんでも守でも」 「うーん……じゃあ、マモちゃんって呼んでもいい?」 「俺マモちゃんって柄?」 「アハハ、なんでもいいって言ったじゃん」 「言ったけどさ」  守くんや守だと、ほかの誰かもすでにそう呼んでいるだろう。私は彼にとって、ただ一人の特別な存在になりたかった。 「ひかり」 「マモちゃん」  照れくさくなって、二人で笑う。マモちゃんのえくぼがゆっくりと近づいてきて、私は目を閉じた。 『ひかり、勉強中?』 『うん。明日数学だし、マモちゃん余裕でしょ?』 『んなことない。必死必死。テスト終わったら会いたい』 『私も』 『ずっと一緒にいような』 『うん。また明日ね!』 『また明日!』  家に帰ってからも、なんてことないメールを送り合う。ほかになにも用事がなければ放課後一緒に帰って、駅を通り過ぎてマモちゃんちの近くの防波堤で海を見ながらなんでもない話をして。週末は電車でいろんなところへデートに行った。時々小さなケンカはするけど、だいたいすぐに仲直り。  私たちはいつも繋がっている。ずっとこんな日が続くんだと、私は信じていた。
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