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 二年生になってすぐ、先生から進路希望のプリントが配られた。亜美と私は県内の私立大学、茂木ちゃんは美容師になりたいらしく専門学校へ行くとのことだった。 「でもさぁ、あたしもひかりも、卒業したら彼氏とは離れ離れだね」 「え」 「だって、ハル(中野くん)も守くんも東京の大学行くんでしょ?」 「……」 「歳の差は新幹線でも飛行機でも埋められないけどさ、東京なんて飛行機とか新幹線ですぐよすぐ!」  私が黙り込んだことに気付いたのか、茂木ちゃんが明るく言い切った。  ずっと一緒にいよう、という言葉から、マモちゃんも県内で進学するんだとばかり思っていた。離れ離れになるなんて、考えたこともない。  その日の学校帰り、いつもの小道を歩きながら聞いた。 「マモちゃん。進路って決めてる?」 「なに唐突に。さっきプリントもらったから?」 「亜美に聞いた。マモちゃんも東京の大学受けるって」 「うーん。勉強したい分野がその大学にあって。でも今の俺の成績じゃちょい厳しいから、県内の大学にするかも。ひかりも県内だしな」 「そう、なんだ」  一瞬ホッとした自分に気付いてしまって、それが胸に重くのしかかる。 「マモちゃんなら行きたいとこ行けるよ」 「今から頑張ればきっと大丈夫!」 「私、応援するし!」  取り繕うみたいに、私は言葉を重ねた。  それからすぐマモちゃんは塾へ通い始めた。本気で東京の大学を目指してみる、と。応援するとは言ったものの、やっぱり会いたい。話したい。メールをすればちゃんと返ってくるし、学校で会えば話もする。でもどこか壁ができてしまったみたいに感じて、私は焦れていた。どうせ離れて行ってしまうのだという投げやりな気持ちと、離れたくないという独りよがりな思いの狭間で、開いていく距離をどうすることもできないまま。  三年生になってマモちゃんは更に塾の日数が増え、一緒に帰ることさえなくなってしまったまま、夏休みに入った。 『マモちゃん、勉強頑張ってる?』 『うん』 『明日ちょっとだけでも会えない?』 『ごめん、その日も塾』 『そっか。頑張ってね』  亜美や茂木ちゃんとカラオケに行ったり、一緒に勉強したりするのも楽しくはあったけど、マモちゃんに会いたい気持ちは埋まらない。会えない日が続くと、見ないようにしていた黒い思いに埋め尽くされそうになる。そんな思いを打ち消すように、私はマモちゃんのためにお守りを作った。『合格』の字を縫い付けた、青いフェルトのお守り。  学校が始まるまで待てなくて、驚かせようと思って。マモちゃんの塾の向かいにあるファミレスで、亜美と一緒におしゃべりしながら待っていた。 「ほんとに東京行っちゃうんだよねぇ~」 「ねぇ~」 「東京でお色気ムンムンの美女に言い寄られたりしたら、ハル、そっちに行っちゃわないかなぁ」 「ないない。中野くんなんて亜美一筋じゃん」 「そうかなぁ……あ。何人か出て来たよ。もうすぐじゃない?」  何人かの塾生が出てきて、中野くんも出てきた。亜美が大きく手を振ると、中野くんが気付いてこちらに向かってくるのが見える。続々と出てくる中に、マモちゃんがいた。  マモちゃん――挙げかけた私の手が途中で止まる。  マモちゃんの横には、私の知らない他校の女子がいた。なんか、派手な感じの子。嫌な予感がした。  私だってほかの男子と話すことはあるし、マモちゃんだって女子と話すことはある。全く嫉妬しないと言えば嘘になるけど、これまではマモちゃんの気持ちは私に向いているという自信があったから、なんとも思ったことはなかった。  でも、そのとき気付いてしまった。彼女と話すとき、マモちゃんは襟足に手をやっていた。  あの仕草、あの顔。片方だけ覗くえくぼ。もうずっと、私に向けられたことのない姿――。  思い返せばいつからか、メールも電話も私からばかりで。学校で会って話しかけても、そんなに嬉しそうじゃなかった気がする。勉強が忙しいからだと自分に言い聞かせていた。中野くんがちょっとの時間をつくって亜美に会っていることも、中野くんは勉強に余裕があるからだと自分を納得させて――。  硬直する私の隣で、亜美がマモちゃんに手を振った。マモちゃんがこちらに気付いて、一瞬、ほんの一瞬バツの悪い顔をした。胸騒ぎが止まらない。  中野くんと亜美が手を振って帰っていくのとすれ違いで、マモちゃんが来た。 「ビックリした。ここからひかりんち遠いじゃん。どうしたの?」 「用がないなら来ちゃいけなかった?」 「いや、そんなこと言ってないけど」  いけない。つい、嫌な言い方をしてしまう。ダメだと思うのに、止められない。 「塾、楽しい?」 「楽しいって、勉強しに来てるだけだし……」  あの子は誰。問い詰めそうになってやめた。今「あの子のことが好きなんだ」なんて言われたら、私はどうしていいかわからない。ふたりの間に、重い沈黙が流れる。 「私帰る」 「じゃあ駅まで送るよ」 「いい。一人で帰る!」 「何怒ってんの」 「別に怒ってない! じゃあね」  店を飛び出して、駅までの道を速足で歩く。追いかけてきてくれたら、お守りを渡して仲直りしようと思った。速足をやめても、ゆっくり歩いても、立ち止まって振り返っても。塾帰りの学生や仕事帰りの大人たちばかりで、マモちゃんの姿はどこにもない。  罰が当たったんだと思った。  応援すると言いながら、私は心のどこかでマモちゃんが地元に残ってくれることを望んでいた。塾で会えないと言われたときも、一緒に帰ることができなくなったときも、いいよと答えながら、私の態度は悪かったと思う。好きな人の幸せを願えず、自分のことばっかり。  こんな独りよがりな女、愛想尽かされて当然だ――。  早く仲直りしようと思っても最初の一言が見当たらなくて、私はマモちゃんのことを避けた。避けたと言っても私からメールしたり電話したりしなくなった途端、何もかも途切れてしまったのだから呆気ない。  新学期が始まってからも私は逃げ続けた。傷付くことが、怖かった。
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