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「まぁ、そういっても、言葉のアヤだから」
言葉のアヤ。
そうはいったが、富田の目は本気で涼子を狙っている目だ。
その視線に寒気を感じた涼子は、咄嗟に話題を変える。
「部長、今日の分の書類仕上げちゃいました。ってことで、帰宅したいんですけど。いいですか?」
勿論、涼子が本気で言っているわけではない。
場を和ますための冗談であるが、涼子の一言にも、注意することなくチャンスとばかりに話に乗っかる。
「そうかい?仕上げちゃったんなら、カフェミーティングしようか」
「せっかく誘ってくださっても、こう見えて忙しいんですよぉ。ディナーだったら私空いてますけど。それ以外は忙しいで、すみません」
当たり障りのない断り方をしたつもりだったが、墓穴を掘ってしまった。
昨日、友人と話していたディナーの映像が浮かんでしまった。
これを逃す富田ではない。狙った獲物は逃さない。
「え?えっ!今夜でも行けるのかい?ディナーなら良いんだろ?」
後には引けなかった。
「は~い!リッツカールトンの最高級ディナーなら、喜んで行きますよ」
「よし!今日は頑張って、早く切り上げよう!」
「……あの、部長。最高級ディナーですよ?あの最高級のですよ?……」
「ははははは。わかってる、わかってる。任せてちょうだ~い」
ここが会社であるのを疑うような部長と涼子の会話。
独身である部長の富田は、涼子のことを大変気に入っている。
仕事のできる社員としてではなく、女性としてだ。
このことは、部署内全員が知るところだ。
男性社員には厳しい富田が、涼子相手だとだらしなく鼻の下を伸ばす。
そうさせている涼子を面白がる者も少なからずいる。
近藤もその一人だ。
富田の席から戻る途中の涼子に話しかけた。
「おぅ池田。今日も楽しそうだな……」
現在、この部署で、涼子の事を名字の池田で呼ぶのは、近藤だけだ。
配属された翌日から、涼子は、その性格と人当たりの良さもあり、すぐに名字はなく名前で呼ばれている。
それもあって、自分を呼んだのは近藤だと直ぐに分かり、その方を見た。
「あ、ひどいですよ近藤さん。……この部署で、一番の仕事ですよ。部長の相手って」
「はははは。確かに、あの世代のおじさんは不機嫌にさせたら面倒くさい。だけど、手のひらで転がしてんだもんな」
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