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気に入らない男
「ふざけんな…くそっ」
喫茶店から出た近藤は、誰の事を言ったのか自分でもわからなかった。
松田に対しての言葉なのか、祥子に対しての言葉なのか。
自分自身に向けた言葉だったかもしれない
コンビニに行ってくるとは言ったが、足は進まない。
少し肌寒い公園のベンチに腰掛け、近藤は星のない曇天な夜空を見上げながら、ポケットからシガレットケースを取り出す。
「あ?そうだった。あいつも吸ってたからな…」
いつもなら2,3本残っている計算だったが、シガレットケースは空になっていた。
「なんか、今の俺の気持ちみたいだな。あるはずのモノがなくて、空っぽだ……」
「なんだそれ?演劇の練習か?」
声の聞こえた方を見ると一番会いたくない人物が、にやにやしながら立っている。
「んだよ。俺はロマンチストなんだ」
「は?初めて聞いたぞ。ま、聞かせろよ、その続き」
そう言いながら近藤の隣に座ったのは松田だ。
「今、お前とは会いたくなかった」
「お?」
松田が堪えている様子は微塵もない。
普段からポーカーフェイスであること松田だ。
表情から内情を読み取ることは難しい。
いつものように表情を変えず、近藤に近づいた。
「おい近藤、俺、お前になんかしたか?」
「祥子」
「は?」
「祥子のこと、大丈夫なんだろな?どう考えてんだ?」
立ったままで簡単に話を終え、去ろうと思っていた松田だったが、祥子の名前を聞き怪訝な表情で近藤の隣に座った。
「おいおいおい。今更か?好きにしろって言っただろ?」
肩を組んでくる松田の腕を軽く叩いて払いのけると、ため息をついてから言った。
「ふぅ。この時期に、お前と祥子が一緒にいないのはダメなんじゃないか?」
こういわれても、表情は崩さず淡々と返す松田。
「説教かよ。お互いに自由時間くらいある。束縛するのもされるのもごめんだ。俺のポリシーに反する」
「何がポリシーだ。祥子も、それで納得なのか?」
「あのな、近藤。俺と祥子さんは夫婦になるんだ。土足で踏み込むようなことすんなよ」
「俺は認めない」
「は?別に、お前が認めてくれなくても構わん……てか、やっぱり未練たらたらかよ……ダセェな」
「ふん。未練なんてねぇよ。俺は…俺は……」
近藤は、そういうのが精一杯で、自分が祥子にとって何者なのか答えられなかった。
「はぁ~。お前が祥子さんのこと好きなのは知ってる。でも、祥子さんは俺と結婚する。結局は、お前の片想い。現実をみろよ」
そう言われても、睨むだけで、何も言い返さない近藤。
「睨んでも変わらんよ。結局、祥子さんは俺を選んだからな」
そう言っても、松田も近藤と同じように、祥子の本当の気持ちを知らない。
戦略結婚とお互い割り切っているのである。
恋愛感情など二の次だった。
「……うるせぇよ。お前を選んだことぐらいわかってるよ」
「ま、最近は、夜も冷えてきだしたからな。演劇の練習も良いけど、風邪ひかんように。じゃ、帰るわ」
言うべきことだけを言い立ち上がった松田は、さっそうと夜の街に消えていった。
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