#03. One Night Stand

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#03. One Night Stand

「久坂様ですね。こちらへどうぞ」 最上階のバーに着いて案内されたのは、窓際のテーブル席だった。 大きな窓からは散りばめられた宝石のような夜景が広がっている。 都心にありながら周囲に高い建物がないゆえに、遮るものがなく景色を遠くまで見渡すことができた。 この眺望を堪能できるよう、窓の方を向いて横並びに座るソファー席になっている。 ソファーに座るタイミングになってようやく繋いでいた手が離された。 突然温かなぬくもりが消え、なぜかふいに寂しい気分になった。 「香澄さんは何飲む?」 「えっ、あ、それじゃあモスコミュールを」 「俺はマティーニにしようかな。軽食は何か食べたいものある?」 メニューを手渡され、それ程お腹が空いていなかった私はドライフルーツの盛り合わせを頼むことにした。 正直なところ、先程までのドキドキのせいですっかりお腹の空きなんてどこかへ行ってしまったのだ。 それにしても久坂さんはここに来るまでも、そして来てからも、何事もなかったように非常に普通だ。 手を繋いでいたことについては特に何も触れてこない。 だから私も口にしにくい。 久坂さんの変わらぬ態度に「あれ? 私だけが見えていた幻覚?」とさえ思えてくる。  ……私が変に動揺しているだけなのかな? 久坂さんには普通のことで、特段気にも留めないことなのかも? 「じゃあ乾杯」 「乾杯」 カクテルが手元に運ばれて来て、私たちはグラスを重ねた。 カクテルグラスに窓の外の夜景の光が反射してキラキラと輝き綺麗だ。 「さっきの映画はどうだった? なかなか作り込まれた作品だったね」 「すごく面白かったです。伏線の張り巡らし方が秀逸だと思いました」 「ああ、それ分かる。俺も同感。冒頭のシーンで少しだけ映ったあの人形が鍵になってるとは思わなかったよ」 「あ、確かに……! あれはそういう意味だったんですね。今言われて気が付きました!」 グラスを傾けながら私たちが話す話題は、先程一緒に観た映画の感想だ。 手を繋がれて気がそぞろになり変な緊張を纏っていた私だったが、一気にまた打ち解ける。 ウインドウショッピングをしていた時のように、あれやこれやと久坂さんと言葉を交わした。 会話が続くのがとても楽しい。  ……恭吾さんともこんなに会話が弾むことなんてないのに不思議。久坂さんって本当に話し上手で聞き上手ね。
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