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このまま鳴り続けているのも気になるし、もしかしたら落とし主がかけてきているのかもしれないと思った私はそのスマートフォンを拾い上げる。
画面を見ると、スマートフォンには登録されていないのか、番号だけが表示されていた。
「……もしもし」
画面をタップして耳にスマートフォンをあてる。
人の電話に無断で出るという行動に私は少し緊張しながら小さな声を絞り出した。
「もしもし。もしかしてこのスマホを拾ってくださった方ですか?」
聞こえてきたのは、よく通る低く落ち着いた男性の声だった。
相手が男性だったことに一瞬ビクッとしてしまった私だったが、どことなく安心感を与えるような低音ボイスにホッとする。
拾ったという言葉が出るくらいだから、おそらく落とし主だろうことも安堵に繋がった。
「はい。ホテルのラウンジで見つけました。ずっと着信音が鳴っていたので勝手に出てしまったのですが……」
「いえ、むしろ出てくださってありがとうございます。職場についた今、落としたことに気が付いて、困っていたところなんですよ」
「そうなんですね。見つかったようで良かったです」
電話の男性は、先程ここのラウンジで朝食を食べ、職場に移動したらしい。
そして着いてからスマートフォンを無くしたことに気が付いて、慌てて自分の電話番号にかけてみたそうだ。
あまり周囲を気にしていなかったので記憶は不確かだが、私がこの席に座った時、なんとなく隣の席に男性がいたような気もする。
「この後予定が詰まっていてラウンジに取りに戻る時間がなさそうなんです。大変申し訳ないのですが、しばらくそのスマホを預かっていてもらえないでしょうか?」
「えっ、預かる、ですか……?」
「ええ、不躾ですみませんが、お願いできると大変助かります。あなたのご都合の良い時に取りに伺い、拾って頂いた御礼もさせてください」
「分かりました。預かるのは構いませんが、御礼して頂く程のことではないので、そのお気遣いは結構です」
「それではこちらの気が済みません。大事なデータも入っているスマホなので、拾ってくださって本当に感謝しているのですから」
結局、明日土曜日の昼間にカフェで会い、スマートフォンを受け渡すとともに、一杯だけ飲み物をご馳走頂くという話になった。
知らない人と会うことに多少不安はあるが、昼間のカフェだという点が私の気を軽くさせる。
それによく考えれば男性と二人で会うことになるのに、この時の私は「人助け」としか認識しておらず、そのことに気付いていなかった。
「ああ、そういえば名乗っていませんでしたね。私は久坂春臣と申します。あなたの名前も伺っても?」
「あ、そうですね。私は東條香澄です」
「……香澄さん、ですか。可愛い名前ですね」
「えっ」
「では、明日15時に」
男性から可愛いと褒める言葉をサラリと述べられ、慣れないことに動揺する私を他所に、通話が終了する。
それと同時に、今更ながら自分が男性と二人で会う約束をしてしまったのだということに思い至った。
途端になぜか胸がドキドキし出す。
これが、のちに私の人生を大きく翻弄することになる彼・久坂春臣とのファーストコンタクトだった――。
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