32人が本棚に入れています
本棚に追加
最悪だったのは、推薦入試が指定校推薦という形式だったことだ。公募推薦と異なり、高校ごとに大学へ推薦できる人数がかぎられる。
杏奈が受けたい大学の学部は、学年で三名を募集していた。同じ所へ希望を出す者がいないよう祈ったが、結局は募集人数をこえた。杏奈は進路指導室で教員に、そう教えられた。
「油断するなよ、佐藤。お前は評定平均からするとギリギリだ。授業を真面目に受けている態度を見ると、面接受けはいいだろう。だから小論文対策をしっかりとやるんだ。同じクラスの松田からも申し込みがあったが、俺はお前を選んだんだから頑張ってくれ」
なぜこの教師はこうもデリカシーに欠けるのか、と杏奈は唖然とした。
こちらを鼓舞させるために、松田 理央の名前を出したのかもしれない。だが彼女は杏奈の親友だ。その進路を偶然とはいえ、絶ってしまった事実など知りたくもなかった。
週末に二人でカラオケに行き、菓子を食べながら何時間も歌ったこと。
都内へ服を買いに行き、道々くだらないことをしゃべって歩いたこと。
受験期になってからは頻繁には遊んでいなかったが、これで声をかけるのもためらわれる。
嫌なことを思い出した、と杏奈は布団を跳ね飛ばす。
どうやらベッドの中にいても悶々とするだけだ。杏奈はジャージに着替え、近所を散歩することにした。
玄関の扉を開けると、空は濃い藍色から、澄んだ水色となっていた。
家の前にある細道をいって、表通りに足を運ぶ。隣家の庭に花弁を閉じたチューリップが並んでいた。
三月初めには卒業式があった。
理央も一般入試で、他の大学に受かったそうだ。杏奈が推薦入試で合格したことも、どこかから彼女の耳に入っているだろう。
声をかけたかったが気まずくて、無理だった。結局二人に会話はなく、高校生活は幕を閉じた。
最初のコメントを投稿しよう!