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杏奈は夏希に、親友との関係について相談したことがある。
「それは、確かに話しかけづらい」
ウォーキングクラブでの休憩時間。夏希は渋い顔で、うんうんと頷いた。
「でもタイミングだよ。どちらかが連絡すれば、上手くいくんじゃないかな。時間がすぎると溝が深まっちゃうから、大学生活がはじまる前に連絡したほうがいい。親友は貴重だよ。大人になっちゃうと友達ですら、作るのが難しい」
暖かい視線を杏奈に投げかける。
杏奈は胸に熱いものがこみ上げ、視界が滲んだ。いつも二人の会話に割って入る哲也が、遠巻きにこちらを見ていた。
「ウォーキングもそうだけど、すぐにゴールにたどり着こうとは思わないでしょ。最初は休憩場所まで歩こう。あの橋までたどり着こう。疲れてきたら、次の電柱まで頑張る。最終的には一歩一歩踏み進めよう、って。まずは、簡単な連絡が取れたらいいね」
杏奈は、市街へつづく表通りまできた。
六時をすぎればバスや車の往来、歩く人々の姿もあるが、今は清閑として活動の息吹はない。
空には波上の雲が浮かび、アスファルトはまだ暗い表情をしている。
家の最寄りにある公園前で、スポーツドリンクを買った。そのまま公園に入り、何とはなしにブランコに乗る。揺られながらこれからのことを考えた。もうすぐ大学が始まる。どたばたと新生活に入る前に、理央と仲直りしたい。
ウォーキングクラブも三月最終週の次回に参加したら、しばらく休むことになる。
憂鬱を振り払うように、上空を仰いだ。
逆光で陰となった家の屋根から、雲を押し上げるように朝日が昇り始めていた。ほのかな橙色が放射状に広がり、空を柔らかく照らす。
いつの間に。
こんなに切れ目なく滑らかに、夜と朝は繋がっているのか。もしかしたら両者は一つのものなのかもしれない。
スマートフォンにメールを受信した音がした。
画面を開くと、哲也からだった。
『今週は自分の都合でクラブを開催できません。申し訳ない。次週は実施します。横浜中華街です。乞うご期待!』
杏奈は口元を緩ませた。
公園前の小道に、欠伸をしたサラリーマンが通る。
長い黒髪の女子高生が自転車を漕ぐ。
生活が始まっていた。
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